著:チョ・ナムジュ

訳:斎藤真理子

 

Originally published in 2016

2018年12月10日 初版第1刷発行

2019年2月20日   初版第6刷発行

株式会社筑摩書房

堺市立図書館より貸出

 

 

韓国フェミニズム文学の金字塔であり、

韓国フェミニズムが日本において

注目される要因となった

「82年生まれ、キム・ジヨン」を読みました。

前評判に違わず、文学作品としても

フェミニズム文学としても非常に優れた本でした。

 

本書はタイトルから分かるように

1982年生まれのキム・ジヨンが

1982年から2016年まで韓国の社会で

いかに女性として苦しみながら生き抜いてきたのか、

その闘いの半生の記録です。

2015年に母親や先輩など身近な女性が

まるで憑依したかのような状態になる症状が

ジヨンに現れます。

そこからジヨンの生まれた年から今までの

過去が時系列で語られます。

本作品は現在のジヨンを診ている

精神科医のカルテという形式の

日記体小説です。

この語り手の構造が最後のオチにおいて

読者への衝撃に有効に作用し、

そのギミックに舌を巻きました。

 

ジヨンとその母親や同僚など

周辺の女性達が受けている

男女の姉弟差別、性被害、セクハラなどの

女性差別が作品を通して語られます。

学校、会社、結婚、妊娠、出産などの

人生の様々なライフステージで

女性たちが体験する苦しみは

日本の状況と大変似通っています。

統計や資料を使用した女性差別の裏付けが

小説の中に挿入されています。

それによりジヨンたちが体験している現実の

普遍性への説得力が与えられています。

 

ありふれた、そして数多の

女として生きる苦しみにより

ジヨンは精神的に追い詰められ、

人生に絶望していきます。

他の女性に憑依したような症状は

ジヨンの魂の叫びに思えました。

 

そして小説の終局ではこれまで

ジヨンの半生を語っていた精神科医自身の

語りの中からジヨンと同じように

心を病んで人生に絶望しきった

彼の妻の様子と、彼の職場の人事に対しての

女性差別的な態度が明らかになります。

このジヨンに寄り添っていた語り手の本音が

読後のおぞましさを生んでいます。

 

本作品内で描かれる

出産や育児によるキャリアの喪失や

仕事における男女差別などは

日本社会と非常に近いため、

日本でも共感を覚える女性が

ほとんどなのではと推察します。

今はもう女性差別などない、

むしろ女尊男卑だという人に

本作品を読んで現実を見つめて欲しいです。

現在育休中の身としては

ジヨンの苦しみや絶望が

決して他人事ではないと思えました。

そしてジヨンが退職した会社の

トイレで盗撮が行われていた事件で

同僚女性の盗撮写真を男性社員内で共有し、

そのことへの罪の意識のなさにぞっとしました。

 

ジヨンの夫以外の男性には名前がなく、

女性たちはフルネームで記載されるなど

ミラーリングなどの仕掛けが駆使されています。

文体は読みやすく、readabilityが高いです。

解説も読み応えがありました。

 

"すぐ目の前に見える効率と合理性だけを

追及することが、

果たして公正といえるのか。

公正でない世の中で、

結局何が残るのか。

残った者は幸福だろうか。” (p.117)

 

 

 

 

チョ・ナムジュさんの作品は

「彼女の名前は」を読んだことがあります。