結婚前の女なんて、ちょろいもんよ。
刑事さん、あんたも気をつけるんだね。
後藤の発した言葉が鮎村の胸に引っかかった。
婚約者・真理の部屋。そこには――
R18 ロマン派 《H》 短編集
第21話 欲望汚染〈8〉
刑事さん、あんたも気をつけるんだね。
後藤の発した言葉が鮎村の胸に引っかかった。
婚約者・真理の部屋。そこには――
R18 ロマン派 《H》 短編集
第21話 欲望汚染〈8〉
このシリーズは、管理人が妄想力を働かせて書いた、
Hだけどちょっぴりロマン派な、官能短編小説集です。
性的表現を含みますので、18歳未満の方はご退出ください。
Hだけどちょっぴりロマン派な、官能短編小説集です。
性的表現を含みますので、18歳未満の方はご退出ください。
ここまでのあらすじ 45人の女性を強姦し、そのうち6人を殺害した世紀の強姦魔・後藤継男の死刑が執行された。その取り調べに当たった刑事・春川泰三は、いまも、後藤が浮かべた不敵な笑みを忘れることができない。「さて、どいつの話から始めるか?」――デスクに並べられた被害者の写真の中から後藤が指差したのは、看護学校生・高田ユリだった。「母を通院させる病院を探している」と言葉巧みにユリをクルマに乗せた後藤は、「母をクルマに乗せるから」とユリを自宅に連れ込み、いきなり、その体に襲いかかった。3日間にわたって凌辱を続けたユリを、後藤は殺した。理由は、ユリが発した「マザコン」のひと言だった。後藤は、母親に溺愛されて育った。しかし、その母は男に狂い、男ができると後藤をネグレクトした。そんな母親への執着と憎悪。後藤の犯罪の背後には、その相反する感情がひそんでいた。保育園で保母をしている水谷幸恵は、どこか母親を思わせる肉感的な女だった。後藤は、幸恵の気を惹くために、子どもたちの前で紙飛行機を飛ばし、まず子どもたちを手なずけて、幸恵に接近した。幸恵は自分から後藤を部屋に招き入れ、後藤のために食事を作り、体を洗ってやった。まるで母親のように。しかし、後藤は、その幸恵も殺した。「結婚するから、もう会えない」という幸恵のひと言が原因だった。後藤の被害者中、唯一、婚約者がいたのは、居酒屋店員・辻村紀美子だった。彼女が同僚店員と交わした言葉が、後藤のアンテナにかかった。「いま、ちょっとマリブルなの」。後藤は、女の帰りを待ち伏せた。「キミのブルーを取り払ってあげるよ」と、後藤は女をクルマに乗せ、県境の峠に連れていった。「モヤモヤを吐き出しちまいなよ」。後藤は女を後ろから抱き締め、背後から怒張を突き立てた。そして、殺した。その後藤が発した言葉が、取り調べに当たった若い刑事・鮎村の頭に引っかかっていた。「結婚前の女なんてのは、ちょろいもんよ。刑事さん、あんたも気をつけんだね」――
⇒この話は、連載8回目です。この話を最初から読みたい方は、こちらから、
前回から読みたい方は、こちらからどうぞ。
鮎村の婚約者・磯野真理は、同じ町の信用金庫で窓口業務に就いていた。
鮎村とは、同じ高校の同窓生だったが、高校時代には、特に親しく言葉を交わす機会もなく、真理は高校を卒業すると東京の女子大に進学した。警察学校に進んだ鮎村とは、顔を合わせないまま、おたがいに社会人になった。
真理は、女子大を卒業すると地元に戻ってきて、現在の信金に就職し、窓口業務を担当するようになった。
窓口をまかされるぐらいだから、そこそこ器量はいい。
信金内でも、声をかけてくる男は何人かいたし、窓口にやってくる預金者の中にも、何かと誘いの言葉をかけてくる男がいたが、真理は、それらの誘いは軽くいなしていた。
ふたりが再会したのは、高校卒業から7年経って開かれた同期会の席だった。
「おっ、おまえ、磯野か。なんか、アカ抜けて、いい女になったじゃないか」
「鮎村クンも、ちょっと凛々しくなった感じがする。エッ!? 刑事になったの? すごォ~い!」
高校時代には意識もしなかった相手を、鮎村も、真理も、強く意識するようになり、ほどなく交際が始まった。
刑事という仕事柄、ふつうのカップルのように、食事をしたり、カラオケに繰り出したり、遠くまでドライブに出かけたり……ということはなかなかできなかったが、それでも、後藤の事件が発生するまでは、週に一度ぐらいは、会う機会を作っていた。
その時間が、ここ2ヵ月ほどは、まったく取れない。
それも、これも、全部、あの後藤のやつのせいだ。
「ちょっとだけでも、会う時間、作れないの?」
真理が電話で不満をぶつけてきたこともあったが、鮎村は、「いま、それどころじゃないんだよ」と、イライラしながら返事するしかなかった。
まずいよな、このままじゃ……。
鮎村の頭の中で、後藤の発した言葉が渦を巻き始めていた。
「わるい、運転手さん。ちょっと寄りたいところができたんで、K町に回ってもらっていいかい?」
鮎村は、タクシーに行き先の変更を告げた。
K町は、真理がアパートの部屋を借りて住んでいる町だ。それまで走ってきた方向とは逆方向になる。
運転手が、「エーッ、K町ですかぁ?」と不満そうな声をもらして、クルマのハンドルを切った。
「コーポM」の真理の部屋には、明かりが点いていなかった。
あいつ、こんな時間まで、どこで何してるんだ?
携帯も電源が切られてるし……。
「婚約中の女なんてのは、ちょろいもんよ。あんたも気をつけるんだね、お若い刑事さんよォ」
後藤が口の端を歪めながら発した言葉が、否定しても否定しても、脳みその奥から湧いて出る。
「チッ」と舌打ちして、鮎村はポケットからキーホルダーを取り出した。
いつでも、おたがいの部屋を訪問できるようにと、婚約前から、真理とは部屋のカギを交換してあった。そのカギを使ったのは、もっぱら真理のほうだった。
事件が起こると、署に泊まり込むことも多くなる鮎村のために、真理は鮎村の部屋を訪ねて、洗濯や部屋の掃除をやってくれた。署の鮎村のところに、着替えや差し入れの弁当を持ってくることもあって、鮎村の婚約者の存在は、課内じゅうに知れわたっていた。
鮎村は真理の部屋のカギを開けて、部屋の中に入った。
甘酸っぱい女の香りが、部屋中に充満していた。
なんだ、あいつ、けっこう散らかしてやがるなぁ……。
シンクには、たぶん前夜の食事の跡だろう、食器やカップが洗い桶に放り込んだままになっていた。
見るとはなしに見て、奥の部屋へ入ろうとした鮎村だったが、そこで、「ン……?」と足を止めた。
桶に放り込まれた食器類の数に、不自然さを感じたからだ。
大皿が2枚に、茶碗が2客、汁椀も2客、箸が2膳。
だれか、客でも来たのか……? 鮎村は、キッチンの隅のゴミ用のペールのフタを取ってみた。いつの間にか、自分が刑事になっていることに気づいて、少しいやな気分になったが、何か胸の奥に引っかかるものを感じた。
野菜クズや魚の骨、タマゴの殻、丸められたティッシュ……。ペールの中のゴミは、ありふれたものばかりだったが、その中の一点に、鮎村の目は釘付けになった。この部屋からは、出るはずのないゴミ……。
タバコの吸殻だった。
真理はタバコを吸わない。鮎村が吸うことさえいやがる。
なのに、ペールの中に、吸殻が捨てられている。
昨夜の客は男か……?
真理のやつ、ここへ男を引っ張り込んだのか……?
そして、真理のやつ、ここで、その男と……?
「どこかのつまんねェ男の女房になっちまう前によ、ぶってェのをぶち込んでもらいたいわぁ~なんてよ、ハラん中じゃ思ってんのさ」
またも、後藤のニヤつく顔が頭の中に浮かんだ。
まさか……と思いながら、鮎村は、真理のベッドの掛け布団をめくってみた。
そのときだった。
表でクルマの停まる音がして、ドアを閉める音がした。
鮎村はカーテンのすき間から外をのぞいた。
クルマから降りてきたのは、真理だった。
「きょうは、ありがとう。楽しかった」
真理が助手席側から運転席のほうに回り込んで、頭を下げている。
運転席に座っているのは、男だ。見たこともないやつ。まだ、若い。
その男が、下ろしたウインドウから、手を差し出した。真理が、その手を両手で握る。手を握りながら、体を屈める。真理の顔が、運転席の窓に近づく……。
「イヤだぁ、○○さん。そんなこと言わないでくださいよォ~」
真理の媚びたような声が響き、「じゃ、また」と男が手を振ってウインドウを巻き上げ、クルマは静かに発進した。 走り去るクルマに向かって、真理はもう一度、頭を下げ、それからフッ……と肩を落として、アパートのエントランスに向かう。
その姿を見て、鮎村は静かにカーテンのすき間を閉じた。
やがて、廊下をコツコツと歩いてくる音がした。
玄関のドアにキーを差し込む音がした。
「あれ……?」
真理の声がした。
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