「醜いのはその心、人を羨み、妬み、陥れようとするその心。幸せになれないのはあなたの歪んでしまったその心。」

「煩い!おまえになど何が分る。」

同じ顔を持っていない人間に分るはずも無い、この顔のせいでどれほどの屈辱と辛酸を舐めてきたか、人並みの顔を持って恵まれた生活をしてきたであろうと思われる目の前の少女にそう言われてまた怒りが蘇り智代はその感情をぶつける。すると少女はその感情に押し上げられるように宙に舞う。

「美帆ちゃん!」

床に落ちる少女の身体を庇うように瑞希が走り寄る。

「やめて!誰か知らないけどもうやめて。」

智代のいる場所が分らない瑞希は周りを見渡すようにしてそう言う。整ったその顔立ちは智代の怒りを増発する。

「なんだ、おまえは。」

智代は瑞希を睨むのと同時にどろどろとした感情が流れ出て瑞希を取り囲む。

「瑞希お姉ちゃん、危ない!」

少女の声を無視して智代は瑞希に進み寄る。が、その時、瑞希の背から何かが浮かび上がる。前にも見えた、その時はそれを見ないようにした。何故か見てはいけない物のように思ったからだ。だが今度はそれが智代の意識の中に流れ込むように入ってくる。生ゴミの中から拾い上げられる薄汚れた産まれたばかりの赤ん坊が見える。ぐったりした様子だが微かに息をしている。

(あれは・・・。)

まさかと思いながらも智代はその光景から目が離せない。どうしてこんな物が見えるのか分らない。あれを捨てた事すら忘れていた。さっきまで思い出す事すらなかったのに。その光景はまるで瑞希の中から浮かび上がるように出てくる。

「おまえ・・誰だ。」

智代の中に畏怖が生まれる。こんな物は見たくない。だが目の前の光景はどんどん広がる。赤ん坊は少しずつ大きくなる、器量の良くないその子は何処に行っても虐められている。

食べ物を取り上げられたり謂(いわ)れのない暴力を受けていつも泣いている。

(ああ、やっぱりそうだ。死んだ方がこいつの為だったのに。)

醜い女の子など結局救われる事などない。成長した女の子はどこぞの優男(やさおとこ)と一緒になる。男は金にだらしなく、女の働いた給料さえ奪う。女は子を産むが暮らしは楽にならない、やがて男は出奔する。

(当たり前だ、誰が好き好んで醜い女などと一緒になるものか。)

女は爪に火を燈すような倹(つま)しい生活の中で産んだ子に希望を託して生きている。

(馬鹿な女だ、早く目を覚ませ。この世に希望などない。)

だが女は貧しい暮らしの中で身体を病み死んでしまう。その光景に智代はわが身を重ねる。こうなる事は分っていた。だから捨てたのだ。あの時死んでいた方がずっとましであったろうにと思う。それでも残された子は自力で学校に通う、そうして男と出会う。大して裕福でないその男と一緒になる為に学校を辞める。

(止めろ、男などに頼ってもろくな事にならない。)

智代は思わずそう叫びそうになる。不幸の連鎖が続くだけだと思う。だがその子はやがてその男の子供を産む。男は嬉しそうに二人を見守る。その目は何処までも優しい。女は満ち足りた笑顔を男に向ける。

(馬鹿な、幸せになどなれる筈がない。どうせいつか捨てられるのだ。)

そう思っていたら次の瞬間、車が崖から飛び出すシーンが智代の目に映る。落ちた車は炎上し、車の中から投げ出された娘が幼い女の子をを抱いたまま這うようにして車から離れ息絶える。

(ほら見ろ、幸せになどなれないのだ。不幸はどこまでも付いて回るのだ、どんなに頑張っても努力しても駄目なんだ。運命は変えられない。)

だが娘と一緒に病院に運ばれた子供は九死に一生を得る。

(馬鹿な・・死んだ方が良かったのに・・・。)

また新たな不幸を生むだけだと智代は思う。その子供は死んだ娘の伴侶の妹夫婦に身を寄せ成長する。少しずつ成長していくその子の姿が目の前の瑞希の姿と被っていく。

「なんだ、おまえは・・・まさか・・・そんな・・。」

智代は瑞希を凝視する。まさか、この子は――頭の中で今の光景が再び繰り返される。そうしてまた残った子の姿が瑞希と重なる。

(う、嘘だ・・・。そ、そんな事が。)

目の前にいる目鼻立ちのはっきりした聡明そうなこの顔が智代と繋がるわけがない。そう否定しても瑞希の背にあの醜い赤ん坊と、その子供が見え隠れする。そうしてその線が一本に繋がる。智代から出ている線と繋がる。




  <七百五十二へ続く>