女優ー2 | タイトルのないミステリー

タイトルのないミステリー

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 谷野由佳のニュースを見てまた未来の事件の事を思いだした。否、思い出したというのは正確ではない、忘れた事など一度もない。そしてまた死なせてしまったと思った。谷野由佳がどういう経由で死に至ったのかは定かではない。でももし、あの時、専務のところに行く事をもっと強く止めていればと思わずにはいられない。妹が死んでから可憐は母親の笑った顔を一度も見た事がない。母親だけではない父親とも会話らしい会話は無くなった。可憐は妹が死んだのは自分の責任だと思っている。あの時、追い返さなければ――何度そう思ったか知れない。発見されたとき妹は服を着ていなかった、両手両足を縛られ身体には無数の切り傷があったという事を後から知った。その妹の姿が夢に出てきて眠れない夜をどれほど重ねたか数えきれない。両親はその事で可憐を口に出して責める事はなかったが色んな場面でそういう両親の心の内を感じ取った。あの年から可憐の家では誰の誕生日も祝わなくなった。時々、友達のお誕生日祝いにも招かれたが可憐が友達を招く事は出来なかったので段々と行かなくなった。
 それでも可憐はその事を振り切る様に両親に少しでも笑って欲しくて一生懸命明るく振る舞っていた。だが可憐の笑顔は両親には届かなかった。寧ろ可憐が明るくすればするほど両親の目は可憐を責めているように見えた。
――どうしておまえだけ――
そう訴えるような両親の目に可憐は怯えながら育った。変な作り笑いは癖になってどこに行ってもへらへらと笑っている可憐を両親はいつも冷たい目で見ているような気がした。
 高校を出た可憐は女優になる為に東京へ出ると言った。両親は止めなかった。それどころか可憐が居なくなる事にホッとしているような感じがした。彼らもまた可憐との距離を縮める事が出来なくなっていたのかもしれない。未来が死んでその穴を埋める事も出来ず残された娘とどう接触して良いのか分からなくなってしまっていたのだろう。
 東京に出てから可憐は一度だけ家に帰った事があった。帰ったといっても家の中には入らなかった。外から両親の姿だけを見た。母は可憐が家に居たときよりずっと穏やかな顔をしていると思った。未来を死に追いやった可憐が居なくなって漸く心の平穏を取り戻したのかもしれないと思った。父もずっと優しい顔つきになっているように感じた。そんな二人を見て可憐はああ、もうここへ帰ってきては駄目なんだとそう思った。
(お父さん、お母さん、ごめんね。未来を守れなくてごめんね。私だけ生きててごめんね)
可憐は心の中で何度もそう言いながら実家から遠ざかった。もう二度と帰ってくる事は無いだろうと思った。
 未来(みく)――みらいと書いてみくと読む。だがその未来は永遠に閉ざされてしまった。両親はその名にどれほどの思いを託していたのだろうと思う。可憐の名は今は亡き祖母がつけたと聞いている。優しくて可憐な子に育ちますようにっておばあちゃんが言っていたのよと母が話してくれた事があった。なのに妹を死なせてしまった。全然優しくないお姉ちゃんだったと悔いだけが消える事なく心に住み続けている。
 妹を殺した犯人は未だに捕まっていない。そうして捕まる事のないまま四年前に時効を迎えてしまった。今年の四月に殺人事件の時効の廃止が決議されたがそれまでに既に時効となってしまった事件には適用されない。未来を亡き者にし、可憐の家から夢も希望も奪った犯人はもう裁かれる事もない。だが可憐が女優を目指しているのには自分の夢だけではなくもう一つ理由があった。未来が亡くなる何日か前の事だった。公園で遊んでいた可憐と未来に声を掛けてきた青年がいた。最初は優しかった。青年は日本中を自転車で旅をしているんだと言っていた。
「旅が終わったらどうするの」
可憐がそう尋ねると青年はこう答えた。
「俺、本当は俳優なんだ」
「はいゆう?」
「お芝居をする人さ。この旅もいろんな経験を積む為と思ってね。旅が終わったらまた劇団に戻る」
「げきだん?」
「お芝居をする人が集まるところだよ。そこで来年の公演に出演する事が決まっている。きっと有名になるからね。テレビで見たら応援してくれよ」
「お兄さん、テレビに出るの?」
そう聞き返して帽子を深々と被った青年の顔を覗き込もうとしたがよく見えなかった。
「ああ、必ず出る」
「ふーん」
「それにしても未来ちゃんは可愛いねえ」
そう言って未来に視線を向ける男の口元が歪んだように見えて可憐は急に不安を覚えた。
「ねえ、未来ちゃん」
男はそう言って未来を抱き上げる。未来は全く警戒していない。
「未来、もう帰るよ」
「えー未来、もっと遊んでいたい。お兄ちゃんと一緒にいる」
「駄目だよ、遅くなったらお母さんに怒られるから、ほら」
そう言って可憐は無理やり未来を引っ張った。その時、ほんの一瞬だったが男の表情が変わったように見えたがすぐに笑って未来を見た。
「あー、お姉ちゃんは意地悪ですねえ」
「うん、お姉ちゃん意地悪」
「バカ未来、お母さんに怒られても知らないよ」
そう言って可憐が歩き出すと未来は慌てて追ってきた。
「未来ちゃん、またね~」
「うん、お兄ちゃん。またね~」
「未来、駄目だよ。知らない人にだっこなんてされたら」
「どうして?お兄ちゃん、優しいよ」
「駄目だったら駄目なの。もうあのお兄ちゃんと喋っちゃ駄目だよ」
「どうして?お姉ちゃんも喋ってたのに」
「もう喋らない。だから未来も駄目だよ」
「うーん…分かった」



   <女優―3へ続く>