悪夢ー27 | タイトルのないミステリー

タイトルのないミステリー

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「うん、三歳まで一緒にいたんだ。と言っても僕は殆ど覚えていないのだけれど」

「どうして離れ離れになったの?」

「僕達の父親の家に引き取られたって」

「お父さん?お父さんは生きていらっしゃるの?」

「そうでも無いみたい、母はあまり話したがらなかったから僕も詳しくは聞いていないのだけれど母は父と別れてから僕達を産んだらしい。でもその父親が急死して跡取りの居なかった父の父、つまりは僕達の祖父に当たる人が僕達を探し当てて兄を母から強引に連れ去ったらしい」

「そうなの…。真人さんはそれ以来、ずっと会っていないの?」

「うん。何処にいるのかも知らない。母は話してくれなかったから。でも母の口ぶりから、母が僕達を産んだ時にはきっともう父親は他の女性と結婚していたんだと思う。はっきりとそうとは言わなかったけれどね。僕が高校へ上がった時に母が僕に双子の兄がいる事を話してくれた。でも何となくそんな気がしていたんだ。いつもどこかにもう一人の僕の存在を感じていた。子供の時に一緒に過ごしていた記憶も僕は覚えていないつもりでも残っていたのかもしれないし。母もいつかは兄が何処でどうしているのか話してくれるつもりだったのだと思うけれど、急だったから…」

「お母さんはきっと心残りだったでしょうね、どんなにか会いたかったでしょうに」

「そうだね、時々、こっそり泣いている母を見た事がある。なんだか声も掛けられなくて…いつもどこか寂しそうで…きっと兄の事を思っていたんだと思う」

「そうなの、いつか会えると良いわね」

「うん、僕もそう思う。どこかに僕と血を分けた兄がいると思う事が今までどこか支えになっていたというのもあるんだ」

「そうね」

だがその兄に会う事さえなければ緑子は今でも娘と夫と幸せに暮らしていたのにとどれほど思ったか知れない。

 娘が四歳を過ぎて間もなくの事であった。時々妙な事を言うようになった。

「お母さん、チョコちゃんにはお父さんが二人いるの?」

「何を言っているの?お父さんは一人だけでしょう」

「うーん、でもね、もう一人居るんだよ」

その時は娘の言っている事が全然分からなかった。

「もう一人のお父さんってどんな人なの?」

「うーん、一緒だよ。お父さんとおんなじ」

「おんなじ?」

「うん、お父さんの分身なの。あのね、魔法を掛けるとお父さんが二人に分身するんだって。テレビの○○みたいに」

当時、分身術を使う魔法使いの女の子が出てくるテレビアニメがやっていて娘はそのアニメが好きでよく真似事なんかをしていた。その話を聞いて緑子はてっきりテレビと現実の話を混同しているのだと思った。子供によくある空想話の一つに過ぎないと。

「まあ、そうなの。どうやって分身するの?」

「んーと、分かんない。でもね、お父さん家の中にいるのにお庭に出るとそこにも居るの。きっとエイッって魔法掛けてるの」

そう言って娘はアニメの主人公が魔法を掛ける時の仕種を真似する。

「でもね、魔法掛けるところは誰にも見られちゃいけないからチョコちゃんも見られないの」

「そうなの、でもどこに行ってもお父さんがいるのは素敵ね」

「うん。お父さんはねいつもチョコちゃんの事見ているんだって。チョコちゃんが大好きだって」

「お母さんもチョコちゃんが大好きよ」

「うん、チョコちゃんもお父さんとお母さんがだ~い好きだよ」

この時、緑子の頭の中には夫の双子の兄の話など全く浮かばなかった。だが、この頃から夫の表情が沈みがちになるようになった。

「どうしたの?何か、心配事?」

「あ、否、何でもない…」

緑子が心配して問いかけても夫はただ首を横に振るだけで何も答えなかった。夕食を作っている時だった、テレビから惨殺された女の子のニュースが流れた。

「まあ、酷い…」

もし千代子がそんな目にあったらと思うと緑子はこの身が引き裂かされそうな気がして思わず目を背けた時、夫がテレビを切った。とても怖い顔をしている。こんな表情の夫を緑子は初めて見た。

「嫌なニュースだ…」

きっと夫も緑子と同じ事を感じているのだと思った。

「本当ね…」

それから何日も経たない昼下がりの事であった。

「お母さん、チョコちゃん、お父さんと一緒に秘密基地に行くよ」

掃除をしている緑子に千代子が後ろから声を掛けた。

「秘密基地?」

そう言って振り返った時には娘はもう外に出た後だった。掃除が終わって暫くすると二階から夫が降りてきた。

「あら、いつの間に帰っていたの?」

「いつの間にって?ずっと二階にいたけれど?」

「え?だって、さっきチョコちゃん、あなたと一緒に秘密基地に行くって…」

「秘密基地…?僕と一緒?」

そう言った夫の顔色が見る見るうちに変わった。

「あいつ…!」

「あいつって、何?」

夫の表情に緑子は得体の知れない不安が過ぎる。

「チョコはどっちに行った?」

緑子は首を横に振る。何も見ていない。夫と一緒に行くと言ったから気に止めては見ていなかった。

「何?どういう事?チョコに何かあったの?」




  <悪夢―28へ続く>