二.
修三はテレビ局に居た友人の伝手を辿ってあの時放送された映像の複写を何とか手に入れた。家に帰って早速、その映像を見た。清子らしき人物が映っている個所はあの一回だけであった。しかもほんの一瞬、修三はそれを何度も何度も繰り返し見る。そしてみれば見るほどその人物は清子にしか見えない。あの葬儀には一般参列者も居たが清子がいた場所はそうではないようだ。という事はあの会長と何らかの関係がある、もしくは関係者の知人か身内という事なのだろうか。
修三は清子の写真を持ってあの電機メーカーの会社を訪れた。新聞記者だと言うと意外とすんなりと通してくれた。この職業がこんなところで役に立つとはと思った。来客室で暫く待っていると若い青年が入ってきた。
「お待たせいたしました、広報の清水といいます」
(広報…)
やはり何かの取材かと勘違いされたようだと思った。どうすべきか、ここは取材の振りをして遠回しに探りを入れるべきか、それとも単刀直入に人探しである事を言った方が手っ取り早いか。
「本日はどういった用向きでしょうか?」
少し警戒しているようにも見える。確か会長亡き後この会社は社長である長男と専務の次男とで派閥争いが起こっているという噂である。しかも会長が再婚した女性との間にも息子が一人誕生している。まあ、こちらはまだ小学生だしすぐにどうこうという事もないだろうが、その母親の所有している株が社長派に行くか専務派に行くかは内々ではきっと大問題になっている事だろう。正直、修三はその手の話には殆ど興味はないのであるが。そんな中で修三を招き入れたのは門前払いをして変に勘繰られたくないという腹があるという事だろうと察した。これはその辺から話を進めた方が良いかも知れない。いきなり、この女を知らないかと写真を見せても目の前の一社員が知っている可能性の方が低い。他の社員に当たってみるなどという親切心など起こしてもくれないだろう。この微妙な時期に聞屋(ぶんや)などにはあまり出入りして貰いたくないのが本音だろう、お家騒動をネタにはされたくないだろうから。この会社のコンセプトは家族の為の家電製品というのが売りだ。CMでも家族を繋ぐ暖かさなどと謳っている。
「いえ、会長亡き後、いろいろ大変なのではと思いまして」
修三の言葉に清水は少し眉を顰める。
「それはどういった意味でしょう」
「あ、いえ。深い意味などありませんよ。それにしてもあの会長の社葬は立派な物でしたね。さすが日本でも有数のメーカーだけの事はあります。参列者の数も半端じゃなかった。亡くなられた会長のご人徳でしょうね」
「恐れ入ります、会長はとても人望のある方でした」
清水の顔が少し和んだ。どうやら会長の事を慕っていたのだろう。確かに厳しい人間ではあったが情に厚く、温厚で社外的にも敵を作らないような人物だったらしい。
(そうか…!)
修三はこっちを切り口にした方が口を開かせ易いと思い付いた。
「実は、まだ企画の段階でどうなるかは定かでないのですが、その会長の偉大な功績を記事に出来ればと思いまして」
「あ、そういう事ですか」
清水の顔が一気に緩んだ。ホッとしているのが手に取るように分かる。
「ええ、それでまずは会長の交友関係とかも知りたいのですが。いえ、そんなに詳しくなくても良いのです。大雑把にでも。個人的にお付き合いされていたご家族とか、知り合いとかありましたら教えて貰えますと会長の人と形(なり)を掴む手掛かりになるかと思いまして。勿論、そちら様に差し障りのない範囲で構いませんので」
「分かりました、それなら特に問題はないかと思います。会長は本当に素晴らしい人でした。それを沢山の方に知って貰えるのは社員としても嬉しいです」
「清水さんは会長と親しくされていたのですか?」
「いえ、私なんて下っ端ですし、でも、声を掛けて頂いた事があります。その時私の名前を呼んで下さいました。会長は会社に掃除に来ているおばさんにでさえ気軽に声を掛けられるんです。そうして社員のみならず会社に出入りする人間の名前は殆ど記憶されていました。それは驚異的な記憶力で周りの者もみんな感服していました」
「ほう」
思い付きで言った事であったが清水のその言葉に修三は本気で亡くなった会長の木島立人(きじまたつと)という人間に興味が湧いた。亡くなった時は確か八十三歳だった筈だ。その歳までその記憶力を保ってられたのだろうか。
「それは亡くなられるまでそうだったのですか」
「はい、ずっとそうでした」
清水は少し自慢げに胸を張る。やはり一代で会社を築き大きくする人間には並の人間が持っていないような何かがあるものだと感心する。これは本気でこの企画を立ち上げても良いのではないかと思えてきた。それから修三は今度は本気で興味を持って幾つか質問し、最後に清子の写真を差し出した。勿論、清子が一人で写っている物である。
「ああ、この方」
すっかり気を良くしていた清水が清子の写真を見るなり頷いた。
(え?)
そんな簡単に分かるわけがないと思っていた修三は思わず清水の顔を見返す。