魔魅-13 | タイトルのないミステリー

タイトルのないミステリー

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「美春ちゃんとは仲が良かったの?」

買い物を済ませた由布子はまだ公園にいた陽菜と一緒にアパートへ戻りながら訪ねた。

「う~ん、よく分からない」

「分からないって?」

「美春ちゃんは誰とでもすぐ仲良くなるの。私にもよく話し掛けてくれるの、でも一緒に遊んだりとかは…」

「そうなんだ」

同じ小学校四年生だというのにさっきの美春という子はここに居る陽菜よりずっと大人びた感じがした。それは体格の差というだけではない様な気がする。陽菜はかなり引っ込み思案な性格だ、それも影響しているのであろうか。

「あ」

由布子は前方を歩いていた男の姿に目を止める。この間、陽菜と喋っていた男性だ。こっちを見ている。

確か今歩いている道沿いのこの高い塀に囲まれた加藤という家の者だと陽菜が言っていた。その視線を避けて由布子は陽菜を男性の視界から遠ざける様に自分の影に回す。丁度門の前を通り掛かった時だった、扉が開いて中から黒い乗用車が出てきた。後部座席の窓が開いて老紳士が顔を出す。それは由布子がこの家に住んでいるだろうと想像していた人物とあまりにも似通っていて思わず見てしまった。

「将人、何処へ行っていた」

「はい、ちょっと書籍を買いに行っていました」

その返事に車の中の老人は彼の服装を上から下までじろっと見る。

「そうか、仕事は順調か?」

「はい、お陰様で周りの皆さんにも良くして頂いています」

「周りか…ふん、奴らはお前を通して私のご機嫌を取っているだけだ。良いか、いつも言っているが油断をするんじゃない。世の中には信用できる人間など存在しない」

「はい、おじい様。肝に銘じております」

「なら、良い。おまえは常に加藤の家の名に恥じぬようにしているんだ。少しの油断も許されない、このようにちょっとの買い物でも人の目が何処にあるか分からない、そんな気の抜けたような服装で出掛けるなどと今後あってはならない、分かったな」

「はい、申し訳ありません」

そう返事をすると彼は深々と頭を下げる。その彼を一瞥すると老人は前を向き直しその窓は閉じられ車は前に走り出した。

  会話の様子に由布子は彼はあの老人の孫なのだろうかと思う。でもそれは由布子が知っている家族の様子とはまるで違う。どこか寒々しいものを感じる。彼らの間に暖かさという物を全く感じない。走り去った車を将人と呼ばれた青年はじっと見ている。とても暗い目だ、その目がまた由布子達の方に向けられる。彼は笑っているのか泣いているのか分からない様な表情を浮かべる。由布子は気味が悪くなって視線を逸らし、陽菜の手を握ったまま急ぎ足でその場から遠ざかった。背中に彼の視線を感じたが決して振り返っては駄目だと思った。

  アパートに着いた由布子はお母さんが帰ってくるまで由布子の部屋で一緒に過ごさないかと陽菜に提案したが帰った時陽菜が部屋にいないとお母さん心配するからと言われた。それなら由布子が陽菜の部屋で一緒に待っていようかと言うとそれも断られた。はっきりとは言わなかったが母親が他人を家に入れる事をあまりよく思わないだろうみたいな事を言っていた。一人、アパートの二階へ上がって行く陽菜の後ろ姿を見ながら由布子は溜息を吐いた。

  今日は大家夫妻も留守である。夫婦二人で二泊三日の温泉旅行に行くのだと言っていた。何年かぶりの旅行に大家の妻はとても嬉しそうだった。

  部屋に戻った由布子は簡単な夕飯を済ませて暇つぶしに雑誌を見ていたがいつのまにかウトウトと寝てしまっていた。

「……ちゃん」

遠くから誰かの声が聞こえる。

「……ちゃん!」

夢の中でドアを叩く音がする。

「お姉ちゃん!」

ハッとして起きた。時計を見ると夜中の十二時を回っていた。今の声は空耳だろうか。

「お姉ちゃん!」

空耳ではない、陽菜の声だ。由布子は慌ててドアを開ける。怯えたような顔をした陽菜がそこに立っていた。

「どうしたの?」

「お、お母さんが…」

「お母さんがどうかしたの?」

「まだ帰って来ないの…電話にも出ないの…」

今にも泣きそうな顔をしている。きっとずっと不安なまま待っていたのだろうと思う。

「ちょっと待っていて」

由布子は部屋の中に戻り、鍵と携帯を持つと陽菜と一緒に外に出る。

「取り敢えず陽菜ちゃんのお部屋に行きましょう。一緒に待ちましょう」

「で、でも…」

「大丈夫、もしお母さんが帰って来て叱られそうになったら私が無理やり入ったって言うから」

その言葉に陽菜は申し訳なさげに頷く。

「お母さん、何時頃に帰ってくる事になっていたの?」

「七時過ぎるかもって言っていた。今日はパートのお仕事終わってから人と会うからって。でも今日は夜の工場のお仕事はないから夜はずっと陽菜と一緒にいるって言っていたのに…」

「大丈夫、きっと帰ってくるから」

陽菜の部屋はきちんと整理されていて母親の性格が伺える。こんな時間まで一人で待っていてどんなに不安だっただろうかと思う。それにしても一体どうしたのだろうか。連絡もないなんて、陽菜でなくても不安になる。それからさらに一時間が経過しても母親から連絡が入る事は無く、そのまま朝を迎えた。陽菜は床に蹲るようにして眠ってしまった。

  誰からも何の連絡もなく、母親の帰って来ない陽菜を残して仕事に行くのも憚られる。今日は大家夫妻もまだ帰って来ない、どうしたものかと思案していたら部屋の電話が鳴った。

 

 

   <魔魅-14へ続く>