「へ?」
寧々の即答に思わず変な声を出してしまった。
「へ?」
その和の言葉を寧々がそのまま返す。
「へって何よ、へって」
「あ、え…っと、そんな直ぐに返事すると思わなかったから。ちょっと吃驚して」
「だって、和の家に招待されるなんて嬉しいに決まっているじゃない。迷う事も考える事も何にもいらないじゃん」
「そ、そうなの?」
「うん、で、いつ?今度の日曜とか?」
「今度?今度って明々後日(しあさって)だよ」
「うん、善は急げって言葉あるじゃない」
それはこの場合に使う言葉ではないような気がする。
「ま、まだ日にち迄は…叔母さんに聞いてみる」
「何だ、決まってないの。じゃ、早く決めてね、私は今度の日曜でも全然構わないんだけどなあ」
それはあまりに急過ぎると和は思ったが家に帰って叔母に話すとそれは楽しみと手を叩きそのまま日曜日を迎える事になってしまった。
「和ちゃん、そろそろ紫園さん来る時間じゃないの?駅まで迎えに行ってあげたら?」
叔母は朝から買い物をして寧々を迎える為の献立の準備に追われている。和はどうしてこういう運びなってしまったのか納得できないまま駅に向かう。駅に着くと丁度寧々が改札口から出てくるところだった。
「わ、迎えに来てくれたの?」
「この時間の電車で来るって言っていたでしょう。叔母さんが迎えに行ってあげればって」
「ありがとう、助かった。和の書いた地図で分かると思ったけど、まだあんまり日本の道、自信なくて駅着いたら和んち、電話しようかなって思っていたんだ。私、この駅で降りるの初めてだし。ねえ、和はどうして携帯持たないの?叔母さんが駄目だっていうの?」
「叔母さんはそんな事言わないよ。どちらかと言えば持っていて欲しいみたいだけど、でも必要ないから」
「だって携帯あった方が楽じゃない。今日だって和が携帯持っていたら出る前にメールとか出来たし」
「私、そんな風に連絡取りあう子いないから。高校出てからでも良いと思ってる」
「ふーん、私はスマホが欲しいんだけどなあ」
「スマホ?」
「うん、最近結構周りの子持ち始めているでしょう。やっぱり便利みたいだし。今日だってスマホがあればナビで和んち行けるもん」
「なんか機械に頼ってばかりいると脳の働きが鈍くなる気がするわ」
「和ってなんか昭和の人みたい。今時の高校生の言葉じゃないよ」
「そう?」
人と関わりを持ちたくないという意識がそうさせているのかも知れないと和は思った。
「でも和だってパソコンはするでしょう、スマホは小型のパソコンみたいなもんだし便利な物は大いに使えば良いと思うけど」
「便利ならね、私にとって携帯は特に便利な物だとは思えないから」
「ふーん。使えば便利さ分かると思うけど。ま、いいや、人それぞれだしね」
「着いたわよ」
話しているうちに家に着いた。
「わ、なんかちょっと緊張してきちゃった」
「紫園さんが緊張?」
およそ寧々には似合わない言葉のような気がした。
「だって、日本に帰ってきて人の家にお呼ばれするの初めてなんだもの。アメリカじゃホームパーテイとかしょっちゅうあったけど」
和はその言葉には返事をせずに中に入る。ドアを開けると叔母が直ぐに出て来た。
「いらっしゃい。よく来て下さったわね」
「こんにちは、今日はお招き頂いてありがとうございます。これ、私が焼いたクッキーですけど」
寧々はそう言ってぶら下げていた紙袋を差し出した。
「まあ、手作りなの。ありがとう」
叔母は嬉しそうにそれを受け取る。
「じゃ、お夕飯迄まだ時間あるからお茶でも入れますね」
「ありがとうございます」
寧々が案外ちゃんと挨拶している事に和は少なからず感心した。それに手作りのクッキーだなんておよそ寧々の普段のイメージからは想像出来ない。
「お菓子なんて作るの?」
リビングのソファーに腰かけて和は寧々に尋ねる。
「うん、家に一人いると日曜とか暇なんだ。それに死んだ母親がそういうの得意でレシピノート作っていたからそれ見てアメリカにいた頃からよく作っていたの。案外楽しいんだよ。向こうだと他所の家に行ってみんなで作ったりとかもあったんだけど、こっちじゃまだそういう友達いないから」
「紫園さんって誰とでも仲が良いじゃない」
「誰とでも仲が良いっていうのは特に誰かと親しいってわけでもないんだよ」
寧々は笑顔でそう答えたがその顔はどこか笑っていないように見えた。
「ねえねえ、和の部屋が見たい」
「は?」
部屋に案内する気など全くなかった。
「それが良いわ、じゃ、お部屋にお茶と紫園さんが持ってきてくれたクッキー持っていくから二人でお話していらっしゃいよ。その間に叔母さん腕を振るってごちそう作るから」
叔母が寧々の言葉に相槌を打つ。
「で、でも部屋、散らかっているし…」
「そんな事、全然、気にしないよ」
「何言っているの、和ちゃんが部屋を散らかしていた事なんてないじゃない」
叔母のその言葉でもう断れなくなった。どんどん寧々のペースに嵌められている気がする。
「やっぱり、想像していた通り」
部屋の中を見回して寧々はそう言った。
「想像って?」
「きっとこんな感じだろうなって。あんまり女の子っぽい感じじゃなくてシンプルな感じ。和ってお人形とか飾っていそうな雰囲気無いもの」
「あなただってそんな雰囲気ないわよ」
「あら、でも私の部屋にはあるのよ。お人形」
「そうなんだ」
それはちょっと意外だと思った。
「でも本当は私のじゃないんだけどね…」
寧々はちょっと声を落として言葉を続けた。
「死んだ妹のなんだ」
「死んだ…?」
「うん、妹は…私が殺したの」