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オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

10/1(土)ギレリス生誕100周年記念/須関裕子の力感溢れるシューマン/崔 仁洙の端正なプロコフィエフ

2016年10月01日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
ギレリス生誕100周年記念演奏会

2016年10月1日(土)14:00〜 東京文化会館・小ホール 自由席 A列 20番 4,000円
ピアノ:須関裕子
【曲目】
スカルラッティ:ソナタ ニ短調 K141
スカルラッティ:ソナタ ロ短調 K27
スカルラッティ:ソナタ ト長調 K125
スカルラッティ:ソナタ 嬰ハ短調 K247
スカルラッティ:ソナタ イ長調 K533
シューマン:ピアノ・ソナタ 第1番 嬰へ短調 作品11
《アンコール》
 シューマン:ロマンス 作品28-2

ピアノ:崔 仁洙(チェ・インス)
【曲目】
ショスタコーヴィチ:24の前奏曲とフーガ 作品87より第5番 ニ長調/第24番 ニ短調
プロコフィエフ:ピアノ・ソナタ 第8番 変ロ長調 作品84
《アンコール》
 J.S.バッハ/シロティ編:前奏曲 ロ短調
 プロコフィエフ:古典交響曲 ニ長調 作品25より「ガヴォット」(ビアノ編曲版)
 プロコフィエフ:3つのオレンジへの恋 作品33bisより「行進曲」(ビアノ編曲版)

 20世紀を代表する偉大なるピアニスト、エミール・ギレリス氏がが亡くなられてから既に30年以上の年月が流れた。現在ではロシアのピアニストととい風に認識されるが、生前のギレリスを知る、同時代を生きたことのある世代の私からみると、彼は「ソビエト連邦」のピアニストであり、「西側」諸国でも活躍した・・・・そういう印象の人である。「剛の人」というイメージが強く残っているが、私は実際にはナマの演奏を聴いたことはなく、もっぱらLPレコードやFM放送を通じて演奏に触れただけである。今となっては非常に懐かしく感じる名前であるが、生前の当時、彼の名を知らない音楽ファンは一人もいなかったはずである。

 そんなギレリスの生誕100周年を記念する演奏会があった。企画したのは日本ピアノ界の大先生、1927年生まれの寺西昭子さんである。終戦直後の1946年、第14回日本音楽コンクールに優勝、演奏活動と共に教育者として教え子は数知れず。旧ソ連〜ロシアとの関わりも深い。寺西先生はギレリスの1957年秋の初来日の際、その演奏を聴いたのだという。その時に演奏された曲の中から、スカルラッティのソナタ5曲(近年主流の原典版ではなく、ギレリスの時代に一般的だった改変版)と、シューマンのピアノ・ソナタ第1番が本日前半のプログラムとなっている。
 演奏するのは、寺西さんのお弟子さんに当たる須関裕子さん。彼女はチェロの堤剛先生の信頼も厚く、レコーディングで共演したり数々のコンサートで伴奏を務めていることもあり、チェロをはじめとする弦楽器奏者から伴奏ピアニストとしてのオファーが絶えない若手の実力派。各地の音楽祭でも活躍しているし、もちろんソロでのリサイタルやピアノ協奏曲などでも素晴らしい演奏を聴かせてくれる。実は今日のコンサートは須関裕子さんからお誘いを受けて知った次第だったのである。
 一方プログラムの後半を演奏するのは、崔 仁洙(チェ・インス)さん。彼もまた寺西さんのお弟子さんの一人だが、ギレリスの指導を受けたこともあるというご縁である。演奏される有名なプロコフィエフの「ピアノ・ソナタ第8番」(いわゆる戦争ソナタのひとつ)はギレリス2度目の来日の時に演奏されたということだが、この曲は戦時中の1944年に作曲され、ギレリスによって初演されているのである。
 このように、企画の段階から寺西先生の思い入れがたっぷり詰まっていることが分かる。思い出深い曲目、あるいは縁の深い曲目と演奏家の方々。またギレリスを知る人にとっては懐かしく、知らない世代の人にとっては新鮮さを感じるコンサートになるに違いない。


 前半は須関さんが登場し、まずスカルラッティのソナタを5曲。この5曲は、ギレリスも好んで弾いていたらしい。私にとっては「剛の人」のイメージが強かったのはベートーヴェンなどを聴いた際の印象が強烈だったからだったのだと思う。彼のスカルラッティも高い評価を得ていたらしい。須関さんもそのありは当然意識しているはず。もとよりとても透明な音色で端正で美しい演奏を聴かせてくれる須関さんではあるが、今日のスカルラッティはギレリスが好んだ版によるということもあり、非常にロマンティックな情感を前に出した演奏になっていた。曲自体はバロック期のものであり、ピアノが生まれる前の鍵盤のためのソナタであるから、普通ならもっと淡々とした佇まいになるはずだが、もちろん現代の機能的なスタインウェイをたっぷりと鳴らし、煌めくようなクリスタル・サウンドを前面に立てて、情感が濃厚で、けっこう押し出しの強い演奏となっていた。「ニ短調 K141」は主旋律の際立て方が鮮やかで多声の曲を立体的に捉えている。「ロ短調 K27」は旋律の歌わせ方にロマン派的な自由さと情感の豊かさを感じさせる。大きくうねるような太い旋律の描き方も流動的で美しい。「ト長調 K125」は明るく軽快に弾む。軽やかなタッチで描き出される旋律が聴く者に共鳴させて喜びを伝えるよう。「嬰ハ短調 K247」としっとりと落ち着いた短調の佇まいの中で、単調さに陥らずに、終始瑞々しさを保ち、決して音楽を沈ませないところが素晴らしい。「イ長調 K533」は軽快で陽性の曲だが時折強く押し出す低音がバロック調ではなく、深い情感を描き出し、抒情性豊かな演奏となった。全体を通してみても、やはりロマン的な表現の濃厚な演奏というべきで、ギレリスの時代を彷彿とさせる。

 続いてはシューマンの「ピアノ・ソナタ 第1番 嬰へ短調 作品11」。若き日のシューマンらしさ、やや内向性のある情熱とひたむきなロマンティシズムに彩られた作品である。
 第1楽章は重厚な序奏を持つソナタ形式。序奏だけでも濃厚にロマンティシズムが語られるが、主部に入れば若さ故の情熱的な主題が力強く押し出されて来る。この感情の発露こそがシューマンの音楽なのだと思うが、須関さんのピアノは、ある意味では女性的な繊細さを一旦は忘れ、強いタッチで情感を押し出す。これまで聴いた中では最も男性的なイメージが強く含まれているような気がした。もちろん実際には演奏は端正・緻密でしっかりとした造形を構成しつつ、情感を強めに打ち出しているという意味である。
 第2楽章は緩徐楽章。甘く夢見るような「アリア」である。抒情的な美しい旋律は瑞々しいタッチで、揺らぐように歌う。
 第3楽章はスケルツォ。情熱的で弾むようなスケルツォ主題が陽性の音色で弾けるように描かれて行く。中間部は情感豊かな間奏曲。
 第4楽章はドラマティックな幕開けの序奏に続き、ロンド主題が弾むように提示される。中間部に現れる抒情性豊かで煌びやかな旋律などは、いかにもシューマンらしく美しい。須関さんの演奏は全体的には力強さが打ち出されていて、ロマン的な表現よりはやはり男性的なイメージを強く描き出しているように思えた。これは若き日のシューマンの心情を描いたというよりは、多分にギレリスを意識しての表現であったのではないだろうか。背景を考えずに聴くとすれば、大胆なダイナミックレンジの採り方と抒情性をうまく対比させて、表現の幅を大きく採ったスケール感の大きな演奏だったといえる。

 須関さんのアンコールは、同じシューマンから「ロマンス 作品28-2」。左手の伴奏に対して右手の主旋律を微妙に泳がせて、歌謡的なブレスを伴うような歌わせ方。抒情性も豊かでとても美しいが左手の力強さも印象的だった。

 後半は崔 仁洙さんが登場し、まずショスタコーヴィチの「24の前奏曲とフーガ 作品87」から「第5番 ニ長調」と「第24番 ニ短調」が演奏された。バッハの「平均律曲集」に倣って作曲された作品であり、バロック風の様式をベースにしている。「第5番 ニ長調」では端正で淡々とした佇まいを見せる演奏に始まり、徐々に力感を増していく。崔さんの演奏は、思いの外淡白に印象である。
「第24番 ニ短調」は後半にフーガを伴い、規模も大きく、バロック風の多声的な構造の中にショスタコーヴィチらしい深い和音が随所に現れる。前奏曲部分は重低音を強く押し出して重厚にピアノを響かせていく。民族調のフーガ主題が淡々と語られ、ゆっくりと展開していく辺りは端正で造形のくっきりとした演奏が続く。後半からは徐々に盛り上がっていき、やがて激情的に拡大していく。崔さんの演奏は力感はあるのだが、比較的クールな印象を残していて、決して感情的にはならずに全体を盛り上げて行く。最後まで端正な演奏であった。

 続いて、プロコフィエフの「ピアノ・ソナタ 第8番 変ロ長調 作品84」。3曲ある「戦争ソナタ」の中の最後の曲である。
 第1楽章は感情が深く沈み込むような曲想を持つソナタ形式。第1主題は近代的な調性の不安定さを感じるものだが十分に抒情的で、淡々と語られる詩的に音楽になっている。この辺りの雰囲気は、第7番の先鋭的な過激さとは真逆のイメージだ。崔さんの演奏もこの抒情性を多分に意識してか、比較的抑制的で、感情をオモテに出さない。途中からテンポが速くなり、無窮動的な様相を見せるが、崔さんのピアノはやはり冷静さを保ち続けている感じで、演奏自体も造形的にガッチリとしているが、どこか情感が不足している印象になってしまうのはどうしてだろう。
 第2楽章は緩徐楽章。非常にロマンティックな主題を持つ変奏曲形式。変奏が進むと近代音楽の様相が現れてくるが、和声も美しく、ほとんどロマン派の音楽といって良いだろう。端正な崔さんのピアノはとても美しい音色とともに、十分にロマン的であった。
 第3楽章はロンド。曲想は戦時下の様相を表すような威勢の良いもので、軍隊の行進のようでもあり、高揚した精神が混沌と入り乱れる様のようでもある。一方手華やかで派手な部分に挟まれて、内面に沈静するような中間部も現れ、やはり当時の世相を反映しているようである。最後は相当な盛り上がりを見せ、高揚しきって曲が終わる。崔さんの演奏は最後まで燃え尽きてはしまわないような冷静さがあり、もちろんそれが持ち味なのだろうとは思うが、個人的にはやや不完全燃焼気味の印象が残ってしまった。まあ、あくまで個人レベルの好みの問題だろう。素晴らしい演奏で会ったことは間違いない。

 アンコールは3曲。J.S.バッハ/シロティ編の「前奏曲 ロ短調」は非常に美しい分散和音に乗せて抒情的な旋律がひとつずつ置くように語られている。続いてプロコフィエフの「古典交響曲 ニ長調 作品25」より「ガヴォット」。有名な主題の曲で、プロコフィエフ自身がピアノ用に編曲している。崔さんはゆったりと優雅に旋律を歌わせ、まさに古典的なガヴォットを踊るようであった。最後はプロコフィエフの「3つのオレンジへの恋 作品33bis」より「行進曲」。オペラを管弦楽組曲に編曲し、さらにピアノ用に編曲されたものである。崔さんの演奏は伸び伸びと爆発的で、この曲が一番ノリが良かったような気がするが・・・・。

 エミール・ギレリスの生誕100周年を記念するコンサート。初来日当時のことはさすがに知る由もないが、二人の素晴らしいピアニストによる演奏で、現代とはやや雰囲気の違う20世紀半ばの演奏や音楽のスタイルを何となく感じることができたような気がする。20世紀の巨匠の録音を引っ張り出して聴いてみたくなった。
 終演後はホワイエにて須関さんにご挨拶。崔さんと須関さんではファン層や交友関係がほとんど重ならないらしく、会場には2つの人だかりができていた。当然、寺西先生もいらっしゃっていて、関係者の方々の間を挨拶に回っていらした。実に矍鑠たるお姿にBrava!!。・・・・私の母と同い年なのである。

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【お勧めCDのご紹介】
 エミール・ギレリスの生誕100周年を記念したCDボックス(50枚組)です。2016年10月21日発売予定です。世界初出音源、正規盤初出音源、世界初CD化を含む貴重な収録内容の《完全限定盤》だそうです。残した録音の数を見るだけでも、ギレリスがいかにスゴイ人だったか分かりますね。
エミール・ギレリス 生誕100年記念エディション(CD50枚組)
リスト,ショパン,ドビュッシー,ベートーヴェン,チャイコフスキー
Melodiya




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