絵は、なんとか犬に見えるかんじにまとまりました。
なんとか犬に見えるだけで、ピピの愛らしさ、生命のかがやきには、遠く遠くおよびません。
それでも、わたしはいそいそとその絵をもって家に帰り、紙のはじっこに、緑いろのフェルトペンで
sleepin' pipi 1994.8.5
と書き入れました。
そして、自分の部屋の机の、右ななめ上の壁に貼って、満足げに眺めました。
・・・・いつか・・・・
いつか、たった今描いたばかりの、このできたての絵も、黄いろや茶いろに褪せるだろう。
ピピは、歳をとるだろう。
わたしは、この絵を見かえすだろう。
なつかしい、あつい、この夏を。
ピピの少女時代。
初めての、夏の季節を・・・・
ところで、わたしはまだ、湾の写真を撮っていました。
カメラを持ってうろうろ、うろうろと、不規則に歩きまわるわたしにつきあわされて、ピピは
「うんざり・・」
していました。
うんざり顔のピピにかまわず、わたしは夕暮れた薄い金いろや淡い橙いろの海や、ライトがともった橋を、自前のオートフォーカス・カメラでおさめてまわりました。
そんなふうにぶらぶらしているうち、暗くなります。
仄(ほの)かに残ったひかりも次第に薄れゆく空に囲まれ、橋の頂上から湾を見おろすと、そこには、深いくろい海がありました。
海の先には、埋め立て地の草原の、もっとくろい厚板がよこたわっています。
さらに、そのむこうには、工場の群れの煌々(こうこう)とした電光の列。
工場から吐きだされる巨(おお)きな煙が、幾匹か、白竜のようにたなびいているのでした。