私が天文趣味に染まったのは、小学校4年生の頃です。
それ以来、55歳の今日に至るまでずっと星空を見上げ続けてきました。
その間、数え切れないほどの先輩や先生から指導や訓導、影響を受け、観測技術や知識の進歩に役立たせていただいたのですが、天文を始めてすぐの頃は、なんといっても小学生ですから、そうした先輩や、ましてや天文台・大学などの先生方に出会う機会もなく、限られた友人たちとともに、図鑑や雑誌から知識を得ながら、細々と星を見上げていたものでした。
そんな私にとって、最初に大きな影響を受けた先輩といえば、自転車で30分ほど走ったところに住んでいた芝木さんという高校生のお兄さんでした。
どのように知り合ったのかはよく覚えていないのですが、1970年代初頭に、西村製作所製の20cm反射経緯台を所有し、天体写真もかなり本格的なものを撮影されていました。
立川高校の天文部に所属し、流星の計数観測や天体スケッチなども盛んにされていて、天文知識・経験共に非常に豊富な方でした。
当時は、屈折なら口径6cm、反射なら口径10cm以下がアマチュアの標準的な天体望遠鏡のスペックでしたから、あの頃に20cm反射望遠鏡、しかも初心者向けのメーカーではなくハイアマチュア向けに名の通った西村製作所を所有していたのですから、私たちが知らなかっただけで、もしかすると芝木さんは当時、天文界では大変に名の通った方だったのかもしれません。
芝木さんのご自宅は緑の多い一戸建てで、そんな庭に面した一室が芝木さんの居室でした。
部屋には月面図や星図、自身で撮影された天体写真などが一面に飾られ、天球儀やカメラが置かれていました。
そしてなんと言っても存在感を示していたのが、西村製作所製の20cm反射経緯台でした。
小学生の私たちにとって、そんな芝木さんはまさしく神のような存在でした。
頻繁にお邪魔しては天体写真のアルバムを見せていただき、さまざまな知識を教えていただきました。
立川高校の文化祭にお邪魔したときは、部員の皆さんともども親切に迎えていただき、本格的な天体写真の展示や、流星観測の記録に見入ったものでした。
芝木さんにしてみれば、頻繁に訪ねてくる小学生の相手をするのは、少なからず面倒だったに違いありません。
それでも厭な顔をせず、真摯に向き合ってくれました。
とりわけ印象的なこととして覚えているのは、とある寒い冬の夕方、芝木さんの20cm反射望遠鏡で「シリウスの伴星」を見せていただいたことでした。
全天一の輝星である「おおいぬ座」のシリウスには、非常に近接した伴星があります。
白色矮星といって、恒星が一生の最後を迎えた種類の星なのですが、明るいシリウスにぴったりと寄り添っているために、暗い伴星を見ることは容易ではないのです。
冬でしたが、その晩はたまたま大気が落ち着いていたのでしょう、視野の中でギラギラと鋭く輝くシリウスのすぐ傍らに、小さな小さな伴星を見ることができました。
20cm鏡の威力もあったのでしょうが、小学生だった私にとっては非常に印象的な経験となりました。
その後、大学受験もあって、芝木さんは天文から離れられたようです。
ただ、あれほどの天文ファンがそうやすやすと天文趣味をやめられるとは思えません。
私が中学1年生の頃までお付き合いがありましたが、その後の消息はわからずにいます。
今でも天文趣味を続けておられるのでしょうか。
天文を始めてすぐに、素晴らしい先輩に出会うことができた私は幸運だったと思います。