「オオカミが来たぞー!」

村人たちのリアクションに腹を抱えた。
あんなに慌てるとは思わなかった。

みな一斉に農具を放り出し、女子供は転び、滑り込むように家に逃げ込んだ。
男たちは武器を持ち、警戒しながらオオカミを探す。

もちろん、オオカミはいない。

 


慌てふためく姿を見るのは面白い。
俺はこの遊びに夢中になった。


オオカミなど、来ない。


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「オオカミが来たぞー!」

一週間続けたが、相変わらず村人たちは慌てている。
最初に比べて、いくらか迅速に避難していくが、オオカミが来ていることは信じ込んでいるらしい。

村人全員、とんでもないアホなのか。
学習能力が著しく低いのかもしれない。

俺の嘘にはこれっぽっちも気付いていない。


オオカミなど、来ないんだ。


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「オオカミが来たぞー!」

2週間後、変化が表れた。
村人の中から、集団を指揮する者が出てきた。

笛を吹き、村人を避難させていく。
初めのうちは30分程度かかっていた避難が、もう5分を切ろうとしている。

統率力が上昇している。
何という進化だ。
学習能力が別の方向性で発揮されている。

男たちからも恐怖が消えつつある。
今日こそオオカミを退治するぞ、という意気込みが見えるようだ。



ただし、相変わらず嘘だとは気付いていない。


オオカミは、影も形もない。


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オオカミ対策の防壁が作られている。

村を囲むように、槍のような柵が巡らされている。
村人は本格的にオオカミと戦う決心をしたようだ。

特に家畜への対策は厚く、家畜小屋周囲にはトラバサミなども仕掛けられているようだ。


架空のオオカミ対策が日に日に充実していく。

まずい。こんなに大事になるとは思わなかった。
いくらなんでも、疑うことを知らな過ぎる。

こうなってしまっては、今更「嘘でした。」とは言えない。


オオカミが来ないのはまずいかもしれない。


---

俺のことを斥候、と呼ぶ人間が出てきた。

いつもお疲れ様、という声もかけてくれている。


どうやら、俺と偵察部隊だと勘違いしているらしい。
索敵していると思われている。



最近では、「どうかオオカミよ来てくれ!」と祈る日々だ。

何か真実になってほしい。
嘘から真が出てほしい。


オオカミよ、来てくれ。


---


昨晩の夕食を村の外れに撒くようにしている。
最近の日課だ。

この餌に釣られて、オオカミが来てくれないだろうか。

俺としては、ウエルカムだ。


今も村で行われているであろう、サスマタを使った捕獲訓練が無駄になってしまう。


どうか、どうかオオカミよ来てくれ。


---

小さめの野犬が村外れに来た。
愛くるしい目をした犬だ。

これを何とかオオカミだ、ということに出来ないだろうか。
顔がくっつくくらいの近距離で見れば、オオカミに見えないこともない。

「オオカミ的なヤツが来たぞー!」
といえば、嘘にもならない。

懐いた後、牧羊犬として飼うのもいいかもしれない。



しかし、俺の姿を見つけると、野犬は驚いて森の中に逃げてしまった。


オオカミが来ない。


---

取材が来た。
村に取材が来た。
何でだよ。来るなよ。

『オオカミも恐れる程守りが強固な村』として取材が来た。

一度もオオカミに襲われたことなんてないのに。


斥候として、
「索敵に重要なのは、気配を消すこと。
アイツら気配に敏感ですからね。」
なんて、得意げに答えてしまった。

嘘に嘘が重なっていく。


今日もオオカミは来ない。


---

オオカミまんじゅうが大ヒットした。
村の名物として売り出したオオカミまんじゅうが飛ぶように売れる。

大した原価もかかってないうえ、客の方から買いに来るのがいい。

今までの名産だった羊毛を使った衣服は、大きな街まで売りに行っていた。
その輸送のコストが馬鹿にならなかったのだ。

村には観光客が溢れかえり、オオカミまんじゅうが売れる。
経営手腕がすごい。

村の名前はオオカミ村になった。


しかし、やはりオオカミは来ない。


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オオカミタワーが建った。

観光事業が成功し、財政状態が良いので、立派なタワーが建った。
ここまで発展した村なんて、今まであったのだろうか。

村は舗装され、馬車が行き交っている。
線路が引かれる計画まであるらしい。

畜産業をメインとしていたが、今では多く村民が研究職に就いている。


オオカミは、一度も来たことがないのに。


---

とうとう俺は、良心の呵責に耐えられなくなった。
もう無理だ。
全てを村長に打ち明けよう。

出来心でついた嘘が、俺を苦しめている。


村人はみな幸せそうな顔をしているが、俺だけは出来ない。
騙しているからだ。

オオカミはいないんだ。

いない。

オオカミはいない。


全てを打ち明け、楽になろう。
あらゆる罰を受け入れよう。

もう疲れてしまった。

これ以上、みんなを騙し続けることなんて出来ない。

















「村長、実は、嘘なんだ。」












「…………何も、言うな。」


村長は、笑顔のまま、そう言った。

全てを見透かしていたのかもしれない。

村長の細い瞳には、優しさが溢れている。



だが、俺はこの優しさを受け入れるわけにはいかない。
罪を清算したい。




「村長、どうか聞いてくれ。
オオカミはいないんだ。」

俺は、とうとうその事告げた。


「今までオオカミが来たぞー!って言ってたのは、全部嘘なんだ。
みんなが慌てる姿が面白くって、嘘ついてたんだ!俺は斥候なんかじゃないんだ!」


























「え?そうなの?」




村長がめちゃくちゃビックリしてる。
目をパチパチさせてる。

何だよ。初耳かよ。
さっきの「…………何も、言うな。」は何だったんだよ。テキトーかよ。

とんでないアホかよ。
疑うことを知らな過ぎかよ。




あ、でもそれが良かったのか。

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