せんべいを食べる時にさ、
袋の中で割って食べますよね?


堅いせんべいとかさ、口で割ると飛び散るから、袋の中で割ってから口に運ぶ。

そういう人、多いんじゃないかな。






たださ、
これさ、割って食べると、

割った瞬間に、せんべいが『割れせんべい』になると思うんです。

比較的安価で買える、割れせんべいになっちゃう。




せっかく割れてないせんべいを買ったのに、食べる瞬間に割れせんべいになる。


自分でせんべいの価値を下げているんじゃないか、って気持ちになる。
自分で訳あり品にしてる、みたいな。









まぁ、別にいいんですよ。
自分で食べる時は。

散らかる方が嫌だしさ。









ただ、せんべい食べてる時、これを指摘されたらどうしよう、って悩みはある。



「食べる直前に割れせんべいにするなよ!」って言われたら、困る。



「いや、散らかる方が嫌だし。」

「じゃあ最初っから割れせんべい買いなよ!」

「売ってなかったんだよ。同じ味で。」



こんな感じの返答だろうか。









でも、この理論だと、常に割れせんべいを買わないといけなくなる。

売ってたら、常に割れせん優先で買うことになる。



買いたい。
まん丸のせんべいも買いたい。


どうせ割るとしても、丸いせんべいが買いたい時だってある。
そういう時だってある。






それに、割らずに食べるのを良しとしたくない気持ちもある。



それは汚れるから。
割って食べるのを正としたい。


「割れせんべい買ってるわけじゃないんだから、せんべいは割らずに食べようぜ!」
にはNOと言いたい。

散らかるし、散らかっていい場所なんてこの世にないから。





せんべいは割って食べる。
これをマナーとしたい。





それが無理なら、
せんべいは常に一口で食べるしかない。

どんなサイズだろうが、一口でいく。

それしかない。


事前割りNGと、散らかりNGを両立させるには、それしかない。



オオカミのような大きな口を手に入れるしかない。
赤ずきんは不思議がるとしても。











私は満月見てもオオカミにはなれないので、
怯えながらせんべいを割るしかないのかなぁ。


「せっかくのせんべいを割れせんにしてる!」
って指摘をされないか、怯えながら食べるしかない。


直前に割れせんべいにしてしまっているのは事実だし、良い返しは思いつかない。





指摘されませんように。

そう思いながら割るせんべい。






で、たまに堅くて割れないせんべいに当たる。
指の腹を真っ赤にしても割れないせんべいに当たる。




それは齧る。
齧ります。



それは、「せっかくの丸いせんべいなんだから。」って思いながら齧る。






美味しい。

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