飲めないのではなく、飲まないようだ。
両親は酒豪だそうで、氏も飲めぬ体質ではないはず。
あきらかに酒を避けてきたようで、朝日新聞にこんなコラムを書いている。
「洒は飲んでしまったら最後、読み書きができなくなる。
実際にはどうか知らぬが、たぶんそうにちがいない。
何にもまして読み書きが好きであった私は、ゆえに酒を生活に持ち込むことができなかった。
何を大げさな、と思われる向きもあろうが、 酒を知らぬ者の目には、あの飲んでいる時間、加うるに酔うている時間は、まこと時と金の空費としか映らぬのである。
しかも夜ごとの累積を思えば、とうてい覚える勇気はなかった」
そんな浅田氏があるところでこんな興味深い原稿を書いている。
・・・私は、同業者には珍しい朝型人間である。
この原稿を書いているのは午前六時三十分、ちなみに起床は冬ならば六時、夏は五時ときまっており、しかも起床と同時に完全覚醒するので、ただちに仕事にとりかかる。
原稿執筆はほぼ午前中におえ、午後は読書三昧となる。
まさか齢を食ったからこうした時間割になったわけではない。
若い時からずっとこの調子である。
在校時にはしばしば遅刻をしたが、原因は朝寝坊であったためしがなく、確信犯的に一時間目をパスしていた。
そもそも私の体内には原始の仕組みが残っているらしい。
陽が昇れば自然に目が覚め、覚めたとたんに脳味噌も筋肉も活動を開始するので、いわゆる「まどろみ」という時間を知らない。
で、日没とともにはや眠気がさす。
国語の山崎先生もいまだに首をかしげておられるように、私には文学的才能などこれっぽっちもないのである。
結果として小説家になったのは、才能でも努力でもなく、早寝早起きの賜物にちがいない。
つまりそれくらいこの習慣は威力を持っているのである。
午前中になすべき仕事をおえてしまえば、午後はヒマである。
ヒマだから本でも読むほかないというのが真実で、何も仕事の延長として読書をしているわけではない。
ヒマだから本を読むというのは、読書の王道と言える。
この優雅なる読書タイムは一日に五時間か六時間、すなわち毎日一冊のペースが習慣となっていれば、仕入過剰の商店のようなもので、小説のネタに困ることなどはない。
実は小説家に人生経験など必要なく、勝負どころはひとえに読書量、それも雑学的知識なのである。
ちなみにきのう読んだ本は、「十七世紀におけるフランス宮廷料理のレシピ」というわけのわからん代物で、ひどくつまらぬうえにやたらと難しかった。
同業者のほとんどは夜型である。
稀に午後スタートの昼型もいるが、私のような朝型は聞いたためしがない。
ということは実にここだけの話だが、前述の合理的理由により「まさに無人の野を往くが如き」観がある。
ましてや後進の世代はさらに不摂生な輩なので、まったく怖るるに足らない。
(中略)
ともあれ早起きは三文の得。
才能のかけらもなく、さしたる努力などしなくとも、早起きのならわしだけで三文文士ぐらいには誰でもなれるのである。・・・
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