今、大祭奉迎信行期間で、信者さんに、朝6時のご祈念の後に、順番にお話をしていただいています。


昨日お話をしてくださった方は、朝4時の金光様のお出ましを頂いて、神前拝詞から一通りのご祈念をすることに取り組んでいるお話でした。


しかし、眠くて、途中で眠ってしまったり、起きれなかったりで、半分もできないような状態だった、と話されていました。


私も、やっていますから、よく分かりますが、睡魔に襲われると、どうしようもなくなるのですよね。


「分かる、分かる」といった感じでした。


しかし、よくぞ頑張られた、と思いました。


それで、思ったのですが、私も4時前に起きようとして、ついつい寝過ごしてしまいます。


それを情けない、と思っていましたが、神様から見られたら、よく頑張っているなあ、と見られているのではないか、ということでした。


私が、その方を見て、できないのは情けない、とは思えず、よく頑張られたなあ、と思えることから推測すると、たぶんそんな感じなのだろうなあ、と思いました。


ですから、できないからと言って落ち込むことはない。


神様は、ニコニコと見てくださっている。


それは間違いないことのように思いました。


昨日も寝たのは12時過ぎ・・・・、起きたのは、4時10分ぐらい。


お出ましの時間に参られる人に間に合いませんでした。


そして、今日は、その人と、もう一人参られた。


昨日の朝のお話に触発されたのでしょう。


こういう時は、きちんと4時前に玄関を開けたかったなあ、と思いましたが、後の祭り。


今日は、少し早く寝よう。


そう言いながら、遅くなる。


無茶をするな、と忠告してくれる人もいます。


しかし、かわいい氏子を思うと無茶もしなくては・・・・。


可愛い氏子のために身をもみつぶした初代白神先生・・・・。


そんな真似はようしませんが、かわいい氏子のためには多少の無茶をするのが金光教の教師なのです。


そして、その思いに神様が応えてくださるのです。