「あんたの成績では、どこの高校も無理やな」
 
本校舎の離れの第一理科室と第二理科室の間にある教員部屋で進学相談を受けていた彼は、それから30年後にラーメン屋で再会した、当時担任であった先生に軽い口調でそう言われた。
 
机を挟んで向かい合っていた背後の壁の向こうで、順番を待つクラスメイトの女の子がクスッと笑ったことに、心のどこかがチクッと痛むのを覚えた。
 
それに、「あんた」と教師に言われたことははじめてだった。
大人扱いと言えばそうかもしれないが、酷く冷たく感じ、突き放された気がした。
 
それを感じ取ったのかどうかは分からないが、薄く色の付いた眼鏡の奥の目に和やかな表情を浮かべながら先生は、急に話題を変えた。
 
「あんたのとこで働いている僕と同級生の○○君は元気にしてるか?」
 
そんなたわいのないことまで今も覚えてるのは、受験できる高校さえないこと、落ちこぼれで見放されたような気になったことがよほどショックだったのだろう。
 
しかも、開け放たれた隣室で待機してた前から少なからず好意を抱いてた女の子に、そんな自分を知られたことが余計に悲しかったに違いない。
 
話が終わり、恥ずかしくて彼女の前を俯いたまま通り過ぎた。
そんな小心者だった。
 
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それでも2年生に上がるまでは、結構明るかった。
勉強もそこそこ頑張っていた。
試験のたびに返却される答案用紙を見せ合い、競うように、テストだけでなく、異なる部活や趣味など、様々なことで互いに励まし合ってた親友がいた。
親友は勉強にしろ、運動にしろ、いつも彼より一歩も二歩も先をリードしていた。
学力の差が次第に離れてゆくのに従い、いつしか彼は自己嫌悪に陥り、やる気を失ってしまった。
 
その上、親友との間に勝手に溝を作った彼は、違うグループと付き合い始め、あんなに頑張っていたサッカー部の練習さえ身が入らなくなり、グラウンドを3周ランニングしたら、そんな仲間たちと体育館の裏に群がってはタバコを吸うような体たらくに陥っていった。