母親の死。
人生においてこれほど悲しい出来事はない。
小さな命にとって、自分を生んでくれ、孤独の魂を包み続け、ただそこにあるだけで安堵でき、この世が存在する意味と言ってもよく、依って立つ大地、まさにすべてであった。
産まれてから、生まれる前からずっと続いていた命の鼓動が、そこでピタリと止まる。
その刹那、少年の心が、何も見えない奈落の底に突き落とされ、果てしなき荒野を永遠に彷徨う。
見果てぬ想いが乾ききった広大な砂漠の露となり、湿った木から火を出そうとすると遣らずの雨となって降りしきり、心湿らせるだけ。
もし、母がここにいたら言うだろう。
「綺麗や、桜はほんまに綺麗や。
面白かった。
色々あったけど、何もかもに恵まれて幸せやった。
お前んらとも逢えたし。
みんな優しかった。
今度生まれて来たら、どんな人生を送ろうか。
クヨクヨするな」
あっけらかんとしたあの高笑いとともに、そんな声が聴こえてくる。
同じ人生は二度とない。
同じ桜はもう咲かない。
けれども必ずまた桜。
今年の花はこの雨風に舞い散っても、この世という大地や空間に溶け戻り、季節が巡りくれば新たな形となって咲き誇るだろう。
悲しむな、嘆くな、永遠を求めるな。
一瞬は時のいたずら、百花繚乱の花模様。
立ち戻らぬ刹那の間隙を縫い天から垂れ下がったサガリバナ。
夢見るな、先を見るな、夢を今生きよ、桜の心。
散り際の潔さを今こそ踏み止めよ。