ShortStory388 胸の奥の花火 | 小説のへや(※新世界航海中)

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 1話完結の短編小説を書いています。ぜひご一読ください!
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 夏だ! 花火だ! ONEPIECE新刊だ!(←え)

 

↓以下本文

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 夜空に赤い花が咲く。そして、音。

 体の奥が震えた。

 太鼓の演奏を間近で聞いているかのような、

 そんな錯覚に陥る。

 

 夜空に黄色い花が散る。そして、音。

 心の奥が震えた。

 消えかかった記憶の扉を叩かれるような、

 そんな感覚に微笑む。

 

 今年の夏も、随分と蒸し暑い。

 私も彼女も暑いのは苦手だった。しかし、夏は好きだった。

 一緒に祭りに行き、同じかき氷を二人で食べた。

 親戚から貰った大きな西瓜を、狭い流しのたらいの中で冷やした。

 虫が嫌いだと絶対に触りたがらなかった蛍も、見るだけなら

 ずっとそうしていられるらしい。

 

 毎年、同じ話をしていたような気がする。

 花火を見ながら、昔の事を。

 学生時代バイクに二人乗りして行った海岸で、

 人気のない夜中の海の家、その隅に並んで腰かけて、

 遠くの空にあがる打ち上げ花火を見たことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの頃の海岸沿いは最近のように店が無くて、

 浅い夜でも、まるで廃墟か何かにように影が深かった。

 そんな中に二人、秘密基地に忍び込んだようにして。

 暑くてうちわ片手に仰ぎながら、もう一方の手は互いに重ねていた。

 

「こっからだと、小さいな」

 

 私がそう言うと、彼女は笑った。

 

「そうだね」

 

「もっと近くで見た方が、迫力があるんじゃないか」

「じゃあ、パイロットの免許取ってよ」

 

 離れていても、花火の音は体を震わせた。

 ただその姿はやはり小さく、遠くの空で散って落ちていく。

 飛行機に乗ってその間近まで突っ込んでいく自分たちを

 想像して、私も思わず吹き出した。迫力どころの騒ぎではない。

 

「花火はね、どこでどう見るかが問題じゃないの。誰と見るかが大事」

 

 説明するように言う彼女の横顔をちらと見る。

 今にもふんと鼻を鳴らしそうな、そんな表情だった。

 

「……って、テレビかなんかで言ってたんだろ」

「そうそう。なかなか良い事言うでしょ、テレビって」

 

 くだらない話をしながら、二人笑う時間は

 いつもあっという間だった。

 

 そう、いつも――

 

 

 

 

 夜空に赤い花が咲く。そして、音。

 体の奥が震えた。

 腹の奥を揺さぶられたような、

 そんな錯覚に陥る。

 

 夜空に黄色い花が散る。そして、音。

 心の奥が震えた。

 あの頃の思い出がぱちぱちと胸の中で爆ぜるような、

 そんな感覚に微笑む。

 

 今年の夏も、随分と蒸し暑い。

 私も彼女も暑いのは苦手だった。しかし、夏は好きだった。

 二人で見る花火が好きだった。

 何より二人でいることが好きだった。

 

「こんなところにいたんですね」

 

 後ろから声を掛けられる。

 私は車いすに座ったまま、顔を少し動かした。

 

「花火の音が聞こえてきたもんで、つい」

「ああ、今日は向こう町の川のところで花火大会があるんですよ。

 わ、本当だ。ここからだと小さく見えますね」

 

 施設の職員は私の横から前へ出て、柵に手をかけた。

 屋上には換気扇以外何もない。落ちないように張り巡らされている、

 安全用の柵も、夜の闇にまぎれてほとんど見えなかった。

 夏の温い風が頬をかすめる。湿った空気も、どこかあの頃に似ていた。

 

「ずっとここにいたんですか」

 

 若い女性職員は部屋にいなかった私を探していたらしい。

 徘徊を疑われてもおかしくない年齢だ。しょうがない。

 就寝時刻を過ぎて窓の向こうから聞こえてきた花火の音に、

 自然と私は体を起こし、エレベーターで車椅子のまま屋上へと来たのだ。

 

「しばらく、かな。30分くらいだと思う」

「行くなら行くと言ってください。別に止めませんから」

 

「昔を思い出していたんだ。年寄りらしく」

 

 多少の冗談を込めてそう言うと、彼女がこちらを向いた。

 何の事はない。いつもの表情のままだ。

 

「奥様のことですか」

 

 私が頷くと、彼女は「そうですか」と呟くように言った。

 そして、柵から体を離し、伸びをする。

 

「わたし、先戻りますから。あの、車椅子だけ気を付けてくださいね」

 

 彼女なりの配慮に頬が緩んだ。

 

 私の目に、また遠くの花火が映った。少し遅れて音。

 眩しくて、懐かしくて。心の内に彼女を感じた。

 

 私は車いすの車輪に手をかけた。

 

「いや、私も戻るよ」

「もういいんですか」

 

「ああ」

 

 楽しい時間は、いつもあっという間に過ぎていく。

 彼女と二人生きてきた時間が、まさにそうだったように。

 後ろを向き、進む私の背中が光を感じる。そして、音。

 彼女との思い出は、この胸の奥に、少しも色褪せることなく輝いていた――

 

―――――――――――――――――――――――――――――

<完>