ShortStory.394 黄色い線まで | 小説のへや(※新世界航海中)

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 1話完結の短編小説を書いています。ぜひご一読ください!
  コメントいただけると嬉しいです。無断転載はご遠慮ください。

 

 バレーボール選手…

 2m越えの身長から見る日常なんて、まったく想像できないっすw

 

↓以下本文

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 冷たい雨が降っていた。

 雲に覆われた空は白く、真昼の日を霞ませている。

 駅のホームでひとり、女性が泣いていた。

 濡れた地面に膝をつき、両手で顔を覆っている。

 

 彼女に気付いたのか、駅員が近づいていく。

 今日何度目かの電車が、線路の向こうに見えた――

 

 

 

 

線まで

 

 

 

 

 お気に入りのスカートを風に揺らして、歩を進める。

 朝方。少しばかりの喧騒に雨音まで混じれば、靴のたてる音など

 もう聞こえなかった。人はまばらだが、いつもの光景だった。

 

 馴染の駅を彼女は歩いていく。行先はいつもの場所だ。

 向かい先の駅では階段に一番近いドアがぴたりと止まる場所。

 しかし、今日に限ってはそこが目的地ではない。

 もちろんその先の職場でもなかった。

 

 目的地は、今、彼女が立つ場所であり、ここに居さえすれば

 彼女は終着点へと行くことのできる確信があった。その感情は、

 寝て起きれば朝であるという、ぼんやりとした安心感に似ていた。

 望む場所まであと一歩、二歩。電車はあと数分でやってくる。

 

 いつもの場所に立てば、彼女は普段通りに息を吸った。

 冷たく湿った空気が肺を満たす。視線を移せば、

 屋根のない線路上に雨が降り注ぐのが見えた。

 鈍色の金属に当たって弾ける雨粒を見て、彼女は綺麗だと思った。

 散ってなおキラキラと輝くその水の粒を見て、羨ましいとさえ思った。

 そうはなれないのだと、朝風に冷えた顔が苦笑に歪む。

 電車の到来を告げるアナウンスが鳴った。

 

 お気に入りのスカートを風に揺らして、前を見る。

 電車が近づいてくるのがわかる。空気を押してこちらにやってくる。

 人や雨のたてる雑音さえはねのけて、走る音が近づいてくる。

 光が近づいてくる。まばゆい光だった。

 彼女に見える光は、いつになく眩しく感じられた。

 

 一歩、二歩。

 

 彼女の心は宙に浮いていた。

 不安も恐怖もなく、思考の余地もなかった。

 いつもいつも思い描いていた行先に、自然と歩が進む。

 

 雨粒が迎える。風が、光が、彼女を迎える。

 

 彼女の体は宙に浮いていた。

 重力も抵抗もなく、留まる余地もなかった。

 いつもいつも思い描いていた行先は、思うよりもはるかに近かった。

 

 今まで生きてきたいつもの場所は、はるかに遠ざかっていた――

 

 

『黄色い線までお下がりください』

 

 

 雨粒が過ぎる。風が、光が彼女を過ぎていく。

 掴まれた腕を見れば、何者もそこを掴んではいなかった。

 声のもとを探るが、見つからない。アナウンスは電車の到着を伝えていた。

 

 時間が戻ったのだと感じた。時間が過ぎていくのを感じた。

 目の前で開いた電車のドアから数名が降りていく。

 

 先ほどまで忘れていた心臓の音を思い出す。

 体に熱が戻ってくる。

 目の前で電車のドアが閉まった。

 走り始める前の音に、鼓膜が、足が震えていた。

 進み始めた車体を前に、息を飲んだ。

 

 顔が震えていた。

 いや、顔を押さえる両手が震えていたのだ。

 

 立っていられず、その場に頽れる。

 濡れた地面の冷たささえ感じていなかった。

 彼女の前に黄色い線が濡れていた。

 雨空は暗いというのに、その色は冴えている。

 

 彼女の心は震えていた。

 ふと湧いた安堵感は、胸を締め付けるようだった。

 

 降り注ぐ雨に線路が濡れている。

 弾けた水の粒が、風にのって舞う。

 

 彼女が思い描いていた行先は、電車と共に遠ざかっていく。

 一度乗り過ごしたその電車には、しばらく乗れそうになかった――

 

―――――――――――――――――――――――――――――
<完>