ShortStory.403 自分の番 | 小説のへや(※新世界航海中)

小説のへや(※新世界航海中)

 1話完結の短編小説を書いています。ぜひご一読ください!
  コメントいただけると嬉しいです。無断転載はご遠慮ください。

 

  『軍艦』 って威圧的ですが、『いくら軍艦』 って可愛いっすよね(←え?)

 

↓以下本文

―――――――――――――――――――――――――――――

 

 私は裏切り者だ――

 

 

 

自分の番

 

 

 

 都内に建つ高層ビルのひとつ、

 その最上階に二十人の男たちが集められていた。

 裏社会に存在するとある組織 『仲良会』 のメンバーである。

 街の夜景が一望できる広い窓には、ブラインドが下りていて

 外の様子は見えない。ただ部屋の時計だけが、

 今が深夜であることを示していた。

 

「今日集まってもらったのは他でもない」

 

 革張りの椅子に深々と座った会長が口を開く。

 無駄に体格のいい男二人が、その両脇を固めていた。

 会長の前に立つ男たちが息を飲む音が聞こえる。

 

「この中に、裏切り者がいる。そいつについてだ」

 

 逞しい白髭を動かしながら会長が言った。

 彼は持っていたワイングラスを傍らに立つ男に預けると、

 その手を懐に突っこみ、銃を取り出した。

 彼はおもちゃの水鉄砲か何かを弄るような手つきで、

 その銃身を撫で、冷たい目で前を見た。

 

「裏切り者は」

 

 会長が先を促すように言うと、両脇の男が手を

 高々と振り上げ、声をそろえて「バンバン!」と叫んだ。

 

「わかっているな」

 

 彼は確かめるように言うと、目の前に集まった20人の

 メンバーを見渡した。スーツに身を包んだ男たちは

 身動きひとつなく、その場に立ち尽くしている。

 その中のひとり、浦桐(うらぎり) も同じようにただ立つのみ

 であったが、その心中は穏やかではなかった。しかし、

 この場から去ることも出来なければ、抵抗する術もない。

 この部屋に入る前に、ボディチェックも済んでいる。

 会長の前で、武器の所持など許されるはずもなかった。

 

「まあ、仲良会という名であるし、すぐに名乗り出て謝罪し、

 改心すると言うのであれば考えてやらないでもないが、どうだ?」

 

 会長が言う。助けるとは明言しない。

 手を挙げる者はいないようだった。浦桐が息を飲む。

 唐突に銃声が響いた。

 

「助けてやろうと思ったのに、残念だ」

 

 男が床に倒れる。

 その周囲に僅かばかりの空間が出来た。

 普段は屈強かつ冷静なメンバーたちも、

 さすがに顔面蒼白といった様子で目を見開いている。

 浦桐は皆と違った表情で、内心の驚き、

 鼓動を押し殺すのに必死であった。

 

「氷室は裏切り者だった」

 

 倒れた氷室はぴくりとも動かなかった。会長が髭を蠢かす。

 

「さて、他にもおるだろう。正直に名乗り出よ」

 

 場がしんと静まり返る。

 浦桐は目を見開き、その右手を上げようと

 腕に力を入れた。しかし恐怖がその腕を押し留める。

 次の瞬間、また銃声が響いた。

 

「助けてやろうと思ったのに、学習しない奴だ」

 

 ひときわ巨体の男が白目を剥き、床に倒れた。無論ぴくりとも動かない。

 

「牧原は裏切り者だった」

 

 倒れた牧原の隣で浦桐が頬をひきつらせた。

 自分の他に裏切り者がいることなど、

 まったく知らなかった彼としては、予期せぬ展開の

 連続で、混乱するばかりだった。

 ただ、自分が裏切り者である事だけは確かである。

 

 会長は黙っている。他に言葉を発する者もいない。

 メンバーの中に広がる苦悶の表情は、

 純粋な感情か、それとも忠誠の証か、

 それすらも測りかねるような沈黙の時間が続く。

 命助かったと思えど、浦桐は生きた心地がしなかった。

 

「さて、他にもおるだろう。正直に名乗り出よ」

 

 何の前触れもなく会長が口を開いた。

 それは、まだ終わりではないという宣言であった。

 彼は銃を弄びながら、メンバーを見渡した。

 

「わしに隠し事は出来んぞ。ほら、正直に名乗り出よ」

 

 浦桐は会長から目を離せずにいた。

 ここで目を閉じたり、逸らしたりすれば、目立ってしまう。

 ここまでの展開で、まだ自分の裏切りはばれていないのではないか

 という気持ちが彼の中に芽生え始めていた。自分の所業は

 まだばれていなくて、ここで言わなければ

 そのまま御咎めなしでこの場を切り抜けられるのでは

 ないかという、そんな気持ちである。

 

 そんな事を思っていた浦桐を、唐突に会長が見据えた。

 目が合い、思わず彼は身震いしてしまう。

 

「まだばれていないなどと楽観するな。わしにはすべて御見通しだ」

 

 浦桐は目を離せない。

 会長もまた彼だけをじっと見つめていた。

 その口にうっすらと笑みが浮かんでいるのを見て、

 浦桐はこのままだと自分もやられる、そう直感した。

 

「そうだ、このまま黙っているのならお前も同じ末路を辿ることになるぞ」

 

 心を読んだようなその言葉に、浦桐は息を飲む。

 会長は皺深い目で彼だけを見ていた。

 彼は再び、腕に力を込め右手を僅かに浮かせた。

 その瞬間、銃声が響いた。

 

「正直に名乗り出よ、と言っておるのに」

 

 浦桐は息が出来なくなった。

 倒れたのは彼のすぐ隣にいた神部だった。

 爆発しそうな鼓動の奥に、助かったという気持ちが

 微かに浮かぶが、会長の視線にその思いも消え去った。

 会長の目は、まだ浦桐に向けられている。

 

「神部も裏切り者だった。ほら、次はお前だぞ。

 正直に名乗り出るか、同じことになるか、どっちだ」

 

 手を挙げて命助かる保証はない。

 はたして、目が合っているのが偶然なのか、

 はたまた確信なのか。生死を別つ駆け引きが続く。

 

「確信がなければ引き金などひくまい。ほら、次はお前だぞ。

 早う手を挙げて告白しろ。人間反省することが大事だ」

 

 そうは言っているが、まだ自分とは限らない。

 そう思った瞬間、会長がにやりと笑った。

 

「だから、次はお前だと言っているだろうが」

 

 銃が向けられる。浦桐はその銃口を正面に見据えながら、

 奥歯をきつくかみしめた。右手を上げようと、腕に力を込める。

 銃声。

 

「なぜ正直に言わない。馬鹿め」

 

 すぐ近くの男が床に倒れると、投げ出された腕が、浦桐の足に当たった。

 短く悲鳴を上げるも、その目は会長から離せない。

 

「そう何度もチャンスがあると思うな。いい加減わかっただろう。

 ほら、どうする。次こそはお前だぞ」

 

 会長は浦桐の方を見ながら、得体の知れない笑みを浮かべた。

 銃を向けながら、舌なめずりしている。

 

「さあ、どうする? お前が最後だぞ」

 

 指先まで冷たくなった右手に、

 浦桐は力を込めた。お前が最後。その言葉に、

 胸が締め付けられる。その最後が自分なのか、

 はたまた別の人間なのか、わからない。

 

「だから、お前しかいないだろう。何をためらってんの。

 ばれてるんだって。その最後のひとりがお前なんだって!」

 

 会長が楽しげに言った。ぶれる銃口が、鈍く光っている。

 

「まったく、困ったやつだな。もうっ! それじゃあ、

 カウントするぞ。いい? しちゃうからね! 3、2、1……」

 

 浦桐は顔中に冷や汗光らせながら、

 鼻息荒く立ち尽くしている。その右腕に力を込めた。

 

 最後の銃声がその場に響き渡った――

 

―――――――――――――――――――――――――――――

<完>