those sighs and tears return again Into my breast and eyes,
第85話 暮春 act.40-side story「陽はまた昇る」
闇におちる、だからこそ星が光る。
三月下旬、山は日没まだ早い。
紺青色きらめく天穹に光が燈る、瞬く銀色に稜線が輝く。
フロントガラスの夕闇おだやかに停まって、四輪駆動車のエンジン切って携帯電話つないだ。
「宮田です。おつかれさまです、黒木さん、」
2コール繋がった相手に笑いかける。
ほんとうにお疲れさまだったな?自嘲と笑って言われた。
「宮田こそ連日おつかれさまだったな、終わったか?」
「搬送は無事に終わりました、意識は無かったですが自力呼吸していました、」
答えてフロントガラスの星、また増える。
夜なじんでゆく視界に上司が訊いた。
「やはり厳しかったんだな、ヘリは入れたのか?」
「大雲取谷まで入ってくれました。おかげで夜間作業を避けられて今、帰りです、」
深い谷間からのピックアップはヘリコプターにも技術を要する。
もし人力だけなら登山道までの引き上げ作業、狭隘な登山道の担架搬送、照明はヘッドランプしかない。
そうなれば谷沿いで足場の悪い現場は転落や滑落の危険が高く、落石などによる二次災害の可能性も大きかった。
そんなすべて熟知の上司は電話ごし言った。
「色々おつかれさんだったな、こっちも精神的に疲れたぞ?」
それはそうだろう?
招かれざる客の応対者に笑いかけた。
「ご迷惑すみません、史料編纂の人から急かされましたか?」
「それもだが宮田、挨拶まわりでちょっとな?」
いつもの冷静な低い声、けれど違和感くすぶる。
その言葉に心当たり微笑んだ。
「小隊長就任の挨拶まわりですね、山岳会にも?」
「もちろんだ、後藤さんには昨日もう挨拶したけどな、」
よどみない即答してくれる、でも?
くすぶる違和感に問いかけた。
「奥多摩交番のOBから苦情ですか?」
山岳会は警視庁山岳会だろう、それなら?
考えられる解答に上司が息吐いた。
「苦情ってなあ…まあ、注意指導っていうか、綱引かれたような?」
なんて言おう?
悛巡するトーンに顔がわかる。
堅物ながら優しい先輩に笑いかけた。
「俺も近々、副会長にあいさつ行ってきます。昇進の御礼と報告したいですから、」
たぶん彼だろう、あの男の次は?
考えられる推察に電話の声が呑んだ。
「そうか…宮田は面識あるのか?」
「はい、秋の講習会で、」
答えた向こう、しんと気配が沈みこむ。
考えこんでいるのだろう?その空気に微笑んだ。
「黒木さんは心配しないでください、蒔田さんには俺から話します、」
心配して当たり前だ、今こんな状況は?
つい可笑しくて笑った先、上司がため息吐いた。
「…まあ、戻ったら話そう。そっちは道も凍ってるだろ?」
ため息まじり低い声、それでも少し笑ってくれる。
機嫌が悪いわけではない相手にうなずいた。
「凍ってます、八丁橋は全面雪でしたよ?ここも歩道は白いです、」
「まだ三月だもんな、運転よく気をつけろよ。」
低い声ふっと柔らかい、懐かしむのだろうか?
そんな電話を切った口もと笑った。
「…蒔田さんと観崎、か?」
あの二人が同じ日、同じ人間に自分を話題にした。
どこか運命みたいで、呼吸ひとつ運転席の扉を開けた。
ばたん、
背に扉閉じて、髪ひるがえって冷たい。
頬に額に嶺風なびく雪がにおう、その視界めぐらす銀嶺に笑った。
「きれいだ、」
銀色の稜線ふちどる紺青、藍深める空を雲がゆく。
まだ白さ残した薄墨いろ、帆雲ひるがえす風に星の銀いろ鏤める。
これから瞬き幾つも生まれてゆくのだろう、その広やかな夜空に呼吸した。
「は…」
冷たい、鼓動ふかく沁みて透る。
吸いこんで気管支を涼む、肺ふかく冷たく覚める。
内から覚めて沁みて脳髄しずかに醒めてゆく、白い息そっと星ふれて笑った。
「空、ひろいな?」
空が広い、どこまでも遠く高く。
こんなに広いなら見つけられるだろうか?想い、ポケットのメモだした。
『ありがとう英二、』
今日、最後に聴いた君の声。
それから慌ただしい別れ際、手渡してくれた小さなメモ。
あのとき何も君は言わなかった、ただ黒目がちの瞳まっすぐ自分を映して。
「は…、」
深く吐く、吸う、嶺風ふかく鼓動から鎮まる。
星あかり白いメモ掌の上、折りめ開き微笑んだ。
「…周太、」
無言で渡してくれた小さな紙切れ、あの声に続きはあるだろうか?
星あかり綴られた筆跡に携帯電話ひらいて、番号ひとつ指さき揺れた。
「…、」
ふるえる指先、それでも番号またひとつ。
ひとつ一つメモたどる、君が言ってくれたから。
『またちゃんと話すね、…聴いてくれる?』
雪の森この背中で君が言った、あの言葉は嘘じゃない。
想い証かされる星あかりの筆跡、その言葉その番号に発信ボタン押した。
星がゆれる、瞬く、その音コールひとつ、
ふたつ、み
かちり、
「っ、」
鼓動がとまる。
つながる、その声が透った。
「…えいじ?」
君だ、
「しゅうた…俺だよ、」
応えて鼓動がうつ、脈動ゆっくり響く。
つまる呼吸しずかに吐いて、白くゆらす息に微笑んだ。
「奥多摩にいるんだ、俺…星と雪山、きれいだよ?」
白い息くゆらす空、ひろやかな紺青に銀嶺を見る。
あの麓たしかに君がいた、そのままに電話が微笑んだ。
「ん…僕もきれいだろうね、夜の山も、」
「うん、きれいだよ、」
あいづち笑いかけて、白い息そっと鼓動がつまる。
掌のメモ見つめて、なつかしい筆跡に応えた。
「新宿御苑の桜も、きれいなんだろ?」
君の文字、君の書き癖、星灯りにも見える。
この一つひとつ真似た日が慕わしい、想い聴きたかった声が言った。
「ん…英二、見たい?」
訊いてくれる声かすかな音、君も息のんだろうか?
そういう同じ想いならいい、願うまま唇うごいた。
「周太と見たい、」
星あかり、君の文字。
※校正中
(to be continued)
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英二24歳3月下旬
第85話 暮春 act.40-side story「陽はまた昇る」
闇におちる、だからこそ星が光る。
三月下旬、山は日没まだ早い。
紺青色きらめく天穹に光が燈る、瞬く銀色に稜線が輝く。
フロントガラスの夕闇おだやかに停まって、四輪駆動車のエンジン切って携帯電話つないだ。
「宮田です。おつかれさまです、黒木さん、」
2コール繋がった相手に笑いかける。
ほんとうにお疲れさまだったな?自嘲と笑って言われた。
「宮田こそ連日おつかれさまだったな、終わったか?」
「搬送は無事に終わりました、意識は無かったですが自力呼吸していました、」
答えてフロントガラスの星、また増える。
夜なじんでゆく視界に上司が訊いた。
「やはり厳しかったんだな、ヘリは入れたのか?」
「大雲取谷まで入ってくれました。おかげで夜間作業を避けられて今、帰りです、」
深い谷間からのピックアップはヘリコプターにも技術を要する。
もし人力だけなら登山道までの引き上げ作業、狭隘な登山道の担架搬送、照明はヘッドランプしかない。
そうなれば谷沿いで足場の悪い現場は転落や滑落の危険が高く、落石などによる二次災害の可能性も大きかった。
そんなすべて熟知の上司は電話ごし言った。
「色々おつかれさんだったな、こっちも精神的に疲れたぞ?」
それはそうだろう?
招かれざる客の応対者に笑いかけた。
「ご迷惑すみません、史料編纂の人から急かされましたか?」
「それもだが宮田、挨拶まわりでちょっとな?」
いつもの冷静な低い声、けれど違和感くすぶる。
その言葉に心当たり微笑んだ。
「小隊長就任の挨拶まわりですね、山岳会にも?」
「もちろんだ、後藤さんには昨日もう挨拶したけどな、」
よどみない即答してくれる、でも?
くすぶる違和感に問いかけた。
「奥多摩交番のOBから苦情ですか?」
山岳会は警視庁山岳会だろう、それなら?
考えられる解答に上司が息吐いた。
「苦情ってなあ…まあ、注意指導っていうか、綱引かれたような?」
なんて言おう?
悛巡するトーンに顔がわかる。
堅物ながら優しい先輩に笑いかけた。
「俺も近々、副会長にあいさつ行ってきます。昇進の御礼と報告したいですから、」
たぶん彼だろう、あの男の次は?
考えられる推察に電話の声が呑んだ。
「そうか…宮田は面識あるのか?」
「はい、秋の講習会で、」
答えた向こう、しんと気配が沈みこむ。
考えこんでいるのだろう?その空気に微笑んだ。
「黒木さんは心配しないでください、蒔田さんには俺から話します、」
心配して当たり前だ、今こんな状況は?
つい可笑しくて笑った先、上司がため息吐いた。
「…まあ、戻ったら話そう。そっちは道も凍ってるだろ?」
ため息まじり低い声、それでも少し笑ってくれる。
機嫌が悪いわけではない相手にうなずいた。
「凍ってます、八丁橋は全面雪でしたよ?ここも歩道は白いです、」
「まだ三月だもんな、運転よく気をつけろよ。」
低い声ふっと柔らかい、懐かしむのだろうか?
そんな電話を切った口もと笑った。
「…蒔田さんと観崎、か?」
あの二人が同じ日、同じ人間に自分を話題にした。
どこか運命みたいで、呼吸ひとつ運転席の扉を開けた。
ばたん、
背に扉閉じて、髪ひるがえって冷たい。
頬に額に嶺風なびく雪がにおう、その視界めぐらす銀嶺に笑った。
「きれいだ、」
銀色の稜線ふちどる紺青、藍深める空を雲がゆく。
まだ白さ残した薄墨いろ、帆雲ひるがえす風に星の銀いろ鏤める。
これから瞬き幾つも生まれてゆくのだろう、その広やかな夜空に呼吸した。
「は…」
冷たい、鼓動ふかく沁みて透る。
吸いこんで気管支を涼む、肺ふかく冷たく覚める。
内から覚めて沁みて脳髄しずかに醒めてゆく、白い息そっと星ふれて笑った。
「空、ひろいな?」
空が広い、どこまでも遠く高く。
こんなに広いなら見つけられるだろうか?想い、ポケットのメモだした。
『ありがとう英二、』
今日、最後に聴いた君の声。
それから慌ただしい別れ際、手渡してくれた小さなメモ。
あのとき何も君は言わなかった、ただ黒目がちの瞳まっすぐ自分を映して。
「は…、」
深く吐く、吸う、嶺風ふかく鼓動から鎮まる。
星あかり白いメモ掌の上、折りめ開き微笑んだ。
「…周太、」
無言で渡してくれた小さな紙切れ、あの声に続きはあるだろうか?
星あかり綴られた筆跡に携帯電話ひらいて、番号ひとつ指さき揺れた。
「…、」
ふるえる指先、それでも番号またひとつ。
ひとつ一つメモたどる、君が言ってくれたから。
『またちゃんと話すね、…聴いてくれる?』
雪の森この背中で君が言った、あの言葉は嘘じゃない。
想い証かされる星あかりの筆跡、その言葉その番号に発信ボタン押した。
星がゆれる、瞬く、その音コールひとつ、
ふたつ、み
かちり、
「っ、」
鼓動がとまる。
つながる、その声が透った。
「…えいじ?」
君だ、
「しゅうた…俺だよ、」
応えて鼓動がうつ、脈動ゆっくり響く。
つまる呼吸しずかに吐いて、白くゆらす息に微笑んだ。
「奥多摩にいるんだ、俺…星と雪山、きれいだよ?」
白い息くゆらす空、ひろやかな紺青に銀嶺を見る。
あの麓たしかに君がいた、そのままに電話が微笑んだ。
「ん…僕もきれいだろうね、夜の山も、」
「うん、きれいだよ、」
あいづち笑いかけて、白い息そっと鼓動がつまる。
掌のメモ見つめて、なつかしい筆跡に応えた。
「新宿御苑の桜も、きれいなんだろ?」
君の文字、君の書き癖、星灯りにも見える。
この一つひとつ真似た日が慕わしい、想い聴きたかった声が言った。
「ん…英二、見たい?」
訊いてくれる声かすかな音、君も息のんだろうか?
そういう同じ想いならいい、願うまま唇うごいた。
「周太と見たい、」
星あかり、君の文字。
※校正中
(to be continued)
【引用詩文:John Donne「HOLY SONNETS:DIVINE MEDITATIONS」】
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