萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第85話 暮春 act.40-side story「陽はまた昇る」

2017-10-16 08:38:00 | 陽はまた昇るside story
those sighs and tears return again Into my breast and eyes,
英二24歳3月下旬


第85話 暮春 act.40-side story「陽はまた昇る」

闇におちる、だからこそ星が光る。

三月下旬、山は日没まだ早い。
紺青色きらめく天穹に光が燈る、瞬く銀色に稜線が輝く。
フロントガラスの夕闇おだやかに停まって、四輪駆動車のエンジン切って携帯電話つないだ。

「宮田です。おつかれさまです、黒木さん、」

2コール繋がった相手に笑いかける。
ほんとうにお疲れさまだったな?自嘲と笑って言われた。

「宮田こそ連日おつかれさまだったな、終わったか?」
「搬送は無事に終わりました、意識は無かったですが自力呼吸していました、」

答えてフロントガラスの星、また増える。
夜なじんでゆく視界に上司が訊いた。

「やはり厳しかったんだな、ヘリは入れたのか?」
「大雲取谷まで入ってくれました。おかげで夜間作業を避けられて今、帰りです、」

深い谷間からのピックアップはヘリコプターにも技術を要する。
もし人力だけなら登山道までの引き上げ作業、狭隘な登山道の担架搬送、照明はヘッドランプしかない。
そうなれば谷沿いで足場の悪い現場は転落や滑落の危険が高く、落石などによる二次災害の可能性も大きかった。
そんなすべて熟知の上司は電話ごし言った。

「色々おつかれさんだったな、こっちも精神的に疲れたぞ?」

それはそうだろう?
招かれざる客の応対者に笑いかけた。

「ご迷惑すみません、史料編纂の人から急かされましたか?」
「それもだが宮田、挨拶まわりでちょっとな?」

いつもの冷静な低い声、けれど違和感くすぶる。
その言葉に心当たり微笑んだ。

「小隊長就任の挨拶まわりですね、山岳会にも?」
「もちろんだ、後藤さんには昨日もう挨拶したけどな、」

よどみない即答してくれる、でも?
くすぶる違和感に問いかけた。

「奥多摩交番のOBから苦情ですか?」

山岳会は警視庁山岳会だろう、それなら?
考えられる解答に上司が息吐いた。

「苦情ってなあ…まあ、注意指導っていうか、綱引かれたような?」

なんて言おう?
悛巡するトーンに顔がわかる。
堅物ながら優しい先輩に笑いかけた。

「俺も近々、副会長にあいさつ行ってきます。昇進の御礼と報告したいですから、」

たぶん彼だろう、あの男の次は?
考えられる推察に電話の声が呑んだ。

「そうか…宮田は面識あるのか?」
「はい、秋の講習会で、」

答えた向こう、しんと気配が沈みこむ。
考えこんでいるのだろう?その空気に微笑んだ。

「黒木さんは心配しないでください、蒔田さんには俺から話します、」

心配して当たり前だ、今こんな状況は?
つい可笑しくて笑った先、上司がため息吐いた。

「…まあ、戻ったら話そう。そっちは道も凍ってるだろ?」

ため息まじり低い声、それでも少し笑ってくれる。
機嫌が悪いわけではない相手にうなずいた。

「凍ってます、八丁橋は全面雪でしたよ?ここも歩道は白いです、」
「まだ三月だもんな、運転よく気をつけろよ。」

低い声ふっと柔らかい、懐かしむのだろうか?
そんな電話を切った口もと笑った。

「…蒔田さんと観崎、か?」

あの二人が同じ日、同じ人間に自分を話題にした。
どこか運命みたいで、呼吸ひとつ運転席の扉を開けた。

ばたん、

背に扉閉じて、髪ひるがえって冷たい。
頬に額に嶺風なびく雪がにおう、その視界めぐらす銀嶺に笑った。

「きれいだ、」

銀色の稜線ふちどる紺青、藍深める空を雲がゆく。
まだ白さ残した薄墨いろ、帆雲ひるがえす風に星の銀いろ鏤める。
これから瞬き幾つも生まれてゆくのだろう、その広やかな夜空に呼吸した。

「は…」

冷たい、鼓動ふかく沁みて透る。
吸いこんで気管支を涼む、肺ふかく冷たく覚める。
内から覚めて沁みて脳髄しずかに醒めてゆく、白い息そっと星ふれて笑った。

「空、ひろいな?」

空が広い、どこまでも遠く高く。
こんなに広いなら見つけられるだろうか?想い、ポケットのメモだした。

『ありがとう英二、』

今日、最後に聴いた君の声。
それから慌ただしい別れ際、手渡してくれた小さなメモ。
あのとき何も君は言わなかった、ただ黒目がちの瞳まっすぐ自分を映して。

「は…、」

深く吐く、吸う、嶺風ふかく鼓動から鎮まる。
星あかり白いメモ掌の上、折りめ開き微笑んだ。

「…周太、」

無言で渡してくれた小さな紙切れ、あの声に続きはあるだろうか?
星あかり綴られた筆跡に携帯電話ひらいて、番号ひとつ指さき揺れた。

「…、」

ふるえる指先、それでも番号またひとつ。
ひとつ一つメモたどる、君が言ってくれたから。

『またちゃんと話すね、…聴いてくれる?』

雪の森この背中で君が言った、あの言葉は嘘じゃない。
想い証かされる星あかりの筆跡、その言葉その番号に発信ボタン押した。

星がゆれる、瞬く、その音コールひとつ、
ふたつ、み

かちり、

「っ、」

鼓動がとまる。
つながる、その声が透った。

「…えいじ?」

君だ、

「しゅうた…俺だよ、」

応えて鼓動がうつ、脈動ゆっくり響く。
つまる呼吸しずかに吐いて、白くゆらす息に微笑んだ。

「奥多摩にいるんだ、俺…星と雪山、きれいだよ?」

白い息くゆらす空、ひろやかな紺青に銀嶺を見る。
あの麓たしかに君がいた、そのままに電話が微笑んだ。

「ん…僕もきれいだろうね、夜の山も、」
「うん、きれいだよ、」

あいづち笑いかけて、白い息そっと鼓動がつまる。
掌のメモ見つめて、なつかしい筆跡に応えた。

「新宿御苑の桜も、きれいなんだろ?」

君の文字、君の書き癖、星灯りにも見える。
この一つひとつ真似た日が慕わしい、想い聴きたかった声が言った。

「ん…英二、見たい?」

訊いてくれる声かすかな音、君も息のんだろうか?
そういう同じ想いならいい、願うまま唇うごいた。

「周太と見たい、」

星あかり、君の文字。

※校正中

(to be continued)
【引用詩文:John Donne「HOLY SONNETS:DIVINE MEDITATIONS」】

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