萬文習作帖

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文学閑話:桜ことば×万葉集

2018-04-19 15:33:11 | 文学閑話万葉集
一枝ひとつ想い、


文学閑話:桜ことば×万葉集

この花の 一与の内に 百種の 言ぞ隠れり おほろかにすな 藤原広嗣
このはなの ひとよのうちに ももくさの ことぞかくれり おほろかにすな

この花の一枝に、百の言葉が隠れているんだ。
だからイイカゲンにしないでよ?この花枝、この一輪どれも大切に見てほしいんだ。
どの花にも大切な言葉が隠れているんだよ、大切な気持ち幾つも伝えたくてこの花を贈るんだ。
この花を司る神は此花咲耶媛、潔白を示すため炎に命燃やした女神の恋なぞらえて伝えたいんだ、あの女神のように美しく強い君へ。

桜の花枝に添えて贈られた、と詞書に遺される歌です。
載っているのは『万葉集』第八巻、詠み人からある女性に宛てた相聞歌=恋歌です。

原文「此花乃 一与能内尓 百種乃 言曽隠有 於保呂可尓為莫」

二句め「一与ひとよ」は「ひとよ=一節=一枝」と「ひとつ与える・贈る」の意味ふたつ採れます。
三句め「百種ももくさ」は字そのまま「百種類=多くの・たくさん」続く「言」に掛かって「たくさんの言葉」となるワケです。
結句「於保呂可尓為莫おほろかにすな」は現代的言いまわしだと「疎かにするな」イイカゲンな扱いをするなって言っています。

初句「此花このはな」は「木花」と「此花咲耶媛」です、この姫神の名と花が「言曽隠有 於保呂可尓為莫」を呼びます。


此花咲耶媛、このはなさくやひめ。
木花開耶姫・木花之佐久夜毘売とも書くとおり「木花=桜」の姫神です。
皇統神話に登場する女神で、天照大神の孫で天皇家の祖・瓊瓊杵尊ニニギノミコトの妻となり三柱の男神を生みました。
その出産で彼女は産屋に火を放ちます、なんでソンナことしたのかっていうと結婚後すぐ妊娠した為に貞操を疑われたからです。

ホントは別の男の子供なんじゃないのか、結婚してすぐ妊娠とか変だろう?

なんて瓊瓊杵尊が冗談を言ったワケです、
もちろん彼女はそんなことしていません、それをホントは解かっている瓊瓊杵尊は「いや冗談だよ信じてるよ本当は、」と言訳しました。
が、潔癖な姫神は「天の神さまの尊い子どもなら炎にも害されることなく無事に生まれます」と火中出産で身の潔白を証し亡くなりました。
そうして生まれた神々は生まれた時の火勢を名付けられています。

火が昇る=火照命ホデリノミコト・火勢弱まる=火須勢理命ホスセリノミコト・鎮火=火遠理命ホオリノミコト。

この「火=ホ」は「穂=稲穂」に通じています。
日本は別名「瑞穂の国」というように根本は稲作です、そして人類文化の起源は火と言われています。
その二つを兼ね備えた名前=稲穂と火を司る神だから日本を治めるにふさわしい資格がある、ってことです。
そんな三神の最後に生まれた火遠理命が天皇家始祖・神武天皇の祖父にあたります。
ちなみに火遠理命は山幸彦、長兄の火照命は海幸彦として有名です。

また「此花=桜」の名は「サ=神」+「クラ=座=神の居場所」という意味です。
ようするに「神が依りつく場所」を冠した名前で「此花咲耶媛」とは「神の妻」を意味する名前でもあります。
そんな姫神は富士山の神でもあります、そのため御印の桜は「富士桜」と呼ばれる山桜の一種で富士山だけに自生しています。


此花の、言ぞ隠れり おほろかにすな。

そう詠みあげた桜の一枝に隠れる言葉が何なのか?
それは此花咲耶媛の火中出産譚に答もう読めると思います。

瓊瓊杵尊みたいな戯言はけっして言わない、
もし疑うなら此花咲耶媛のように命を懸けてしまう、だから信じてほしい。
恋に冗談ひとつ赦さなかった姫神の花に懸けて誓うほど真剣に想っている、だから真剣に受けとめてほしい。

そんな想い籠められた桜の相聞歌です。


この歌の題詞は、

「藤原朝臣廣嗣櫻花贈娘子歌一首」

藤原朝臣広嗣が桜の花を乙女に贈ったときの歌、って意味です。
この歌が贈られた時期は解かりません、贈られた「娘子」が誰なのかも不明です。
けれど彼女からの返歌は載っています。

この花の ひとよの裏は 百種の 言持ちかねて 折らえけらずや

原文「此花乃 一与能裏波 百種乃 言持不勝而 所折家良受也」
二句め書き下しは「ひとよのうちは」が一般的ですが万葉仮名のまま表記してあります。
この歌意は「裏波」と「言持不勝而 所折家良受也」言葉を持ちきれず折られてしまった、と詠んだ想いです。
そんな返歌は叛意を問われ落命した貴公子の運命予告となりました。

藤原広嗣は天平時代の人で藤原鎌足の曾孫=藤原不比等の孫、孝謙天皇の従兄弟です。
いわゆる名門出身の貴公子ですが天平12年・西暦740年の秋、政争の渦中で反乱軍として処刑されました。

彼が反乱を起こした根底には周囲のたくさんの言葉があります。
名門出身である広嗣を利用したがる人間は多く、そうした渦中で政争に惹きこまれたワケです。
たくさんの言葉を受けとめ理解し判別する、それだけの人格×器が育ちきれなかった為に命を折られた広嗣です。

言霊をこめた桜の一枝、その歌に命は予告され折りとられた。
そんな史実に言葉の力あらためて考えさせられます。
詩詞180413・・ブログトーナメント

去年UPの加筆verです、笑
撮影地:桜@山梨県、神奈川県

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