不思議な惑星、それは日本! | フィリピン良いとこ、一度はおいで ~不良ジジイのフィリピン日記~

フィリピン良いとこ、一度はおいで ~不良ジジイのフィリピン日記~

フィリピンは住めば住むほど人生気楽になるよ、まずは僕の話を聞いてから一度遊びにいらっしゃい。

僕は10月23日から30日の一週間家族を連れて日本に一時帰国したんだ。日本の食べ物は本当に美味いが特に食欲の秋に海山物や日本の果物を堪能してみたくてね。家族の希望で京都大阪をまず訪れることにしたがフィリピンから関空へはJALもANAも就航していないんだよね。以前関空にフィリピン航空で出かけたが機体がおんぼろで少しの揺れでも機体が分解するんじゃないかって思うほど揺れるし機体のガタつきも尋常ではない、それでフィリピン航空はとてもじゃないが乗る気になれないんでJALで成田に向かうことにした。東京に行く目的の一つが東京から新幹線‘のぞみ’に家族を載せて関西旅行をする事だった、なにせ‘のぞみ’は新幹線の中でも一番早いからね。東京ー京都が2時間半で行けるんだから飛行場での待ち時間空港までの時間を考えたら新幹線の方が断然便利だね。

 

フィリピンなら500kmもの距離を列車で旅をするとしたら数日はかかっちゃうくらいの感覚なんだ、だからフィリピン人は新幹線に乗るのは夢なんだよね。成田から品川のホテルに到着して一番最初にしたのが新幹線の切符購入で無事に切符をゲットしてまずは夕食を食べることにした。家族は既に数回日本に来ているので特に珍しがることはなかったが矢張日本の清潔さには感心していたよ、僕だって日本は本当に清潔な国なんだって改めて感激しちゃったからね。到着した当日は高速道路が事故のためホテルに偉く遅く到着したので夕食のみを取ってホテルでゆっくりくつろいで明日からの関西旅行に備えることにしたんだ。

 

翌日品川より新幹線のぞみに乗り込んだが予約した列車が入ってくるまで家族連中は写真を撮るのに夢中だった。僕はもうすっかりお上りさんになっていたのでのぞみが数分置きに入ってきて時刻通り出ていくのを魔法でも見ている気持ちで見ていたよ。時速300kmを超える列車が数分置きに何事もなかったように目の前から出て行くんだぜ、日本って国はどんだけ凄い国なんだって思わざるを得ないよな。世界中探したってこんな芸当ができるのは日本しかないぜ、しかものぞみの間をぬってひかりやこだまが出て行ってんだよ。他のプラットホームからは北陸、東北、北海道に至るまでの新幹線が息つく暇もないほど次々と出て行っているんだぜ、日本は超先進国だってのが実感できるよな。僕は列車が次々と出ていきまた次々と日本各地から品川に入ってくる様子を見て日本こそ近未来の国だってのを改めて実感したね。でもさあ、あんなに新幹線の本数が多いのにほとんど満席なんだぜ、これもびっくりしちゃうよ、新幹線の料金は決して安いとは言えないのにこれだけの需要があるんだから日本は金持ちの国なんだって改めて実感したよ。

 

やがて僕らの乗車する車両が入ってきた、家族はもう興奮の絶頂で車両の席に座って‘凄くいい席だ’と大満足なんだ。カミサンが‘これはファーストクラスでしょっ’て聞いてきたが‘いやエコノミーだよ’って言ったらたまげていた、てっきりグリーン車だと思っていたらしい。そして新幹線が滑り出すと殆ど揺れがないし騒音もなくこれまたビックラこいていた、物凄いスピードで走っているがそれもあまり感じなかったようだよ。JALは最新鋭機を飛ばしていて悪天候でもあまり不快を感じる揺れはなかったけれど新幹線は飛行機と比較にならないほど安定しているってこれまた大喜びしてくれた。

 

予定通りに京都駅についたが数十年振りの京都駅の変わりように本当に驚いたね、日本はどこに出かけても近代的で清潔だよ、僕が住んでいるフィリピンじゃ到底考えられない光景だぜ。京都駅構内にあるホテルでのチェックインまで時間があったのでホテルに荷物を預けて早速京都見物へと出かけるために駅の外に出た、適当なバス路線を探して有名な寺社仏閣を訪れようと辺りを見渡すと目の前に定期観光バスの案内書があったのでこれ幸いと手頃な半日のコースを選んでこれに乗って出発となった、京都は世界的な観光地であるためコースを巡る観光バスが充実しているね。僕らのバスは清水寺と二条城を巡るものだった。清水寺は修学旅行のシーズンでもあったために大混雑だったが寺に続く沿道の土産物店を冷やかしながらの寺参りで結構な距離も苦痛を感じずに最後まで上り詰めたが帰り道下り階段を見た途端に歩く気が失せたよ。自分を叱咤激励しながらバスにたどり着き二条城へ行った、二条城には有名な渡り廊下があってどんなにすり足で歩いても廊下がキシキシと音を立てる事に家族一同忍者の世界を目の当たりにしたように喜んでいた。漫画やアニメで有名な忍者が実在していた事をきっと実感したのだろう。僕等家族は次の日一日コースを選んで金閣寺、嵐山、竹林の道、東寺のコースを見て回ったが歴史の古さ、辺りの景色の素晴らしさ静寂さに圧倒されたようだ、京都の歴史の深さが実感されると同時にフィリピンと比較してそのあまりの違いに愕然としたようだった。僕はホテルに戻った途端に足が痙攣を起こしかねない程疲労困憊になっているのに気がついて思わず苦笑してしまうほどだった、日本の皆さんはあんなに歩き回っても疲れないんだと心底感心したよ、日本人が長生きなのは乗り物に頼らないで歩くからなんだって納得したぜ。

 

翌日大阪に移動したが大阪では心斎橋、道頓堀界隈に絞って一日を過ごすことにした。僕がこの界隈を訪ねたのは40年以上前の事なので殆ど記憶に残っていないが「グリコ」と「かに道楽」の看板は昔と全く変わらなくて感激したね。でもこの界隈は中国人観光客で埋め尽くされているってぐらい中国語が飛び交っていたよ、それに東南アジアの観光客もかなり目に付いた、本当に日本を訪れる外人が増えたんだね。それにしても‘わさびテロだ’なんてさんざん騒いでいた韓国人もやたらと目に付いたのには呆れたよ、文句をつけておきながら日本にやってくる感覚が理解できないぜ。所で僕の家族にとってはあの猥雑とした雰囲気がものすごく珍しいんだろうね、たこ焼きやたい焼きがどこでもあってそれに串揚げとかネットで出てくるものが目の前にあって喜んでいたよ。これらも一通り食べさせ、たまたまあった回転寿司も楽しんだ、今はなんでもネットで見られるので日本に行ったらネットに出ていたものは全て試したいんだろうね。夕食は居酒屋チェーンの一つに入ってカミサンに日本酒をちびりちびりとやらせながら日本の居酒屋文化を楽しませた。居酒屋というのは真に日本独特のものであるが、こう言った場所では普段物静かな日本人がワイワイがやがやとやっているのが外人には不思議でもあり楽しいんだろうね、となりで飲んでいるおっちゃんやおばちゃんが気軽に話しかけてくるのがとても面白いらしいよ。カミサンに話しかけてきたおばちゃんがカミサンが英語で話すとビックラこいていたがそれでも酒の勢いでなんとか英単語をつないで話しかけてきたのが印象的だったね、「正に大阪のオバチャンパワー全開やで~」って感じだった。

 

次の日大阪を離れて東京に戻りお楽しみの買い物となったが取り敢えずは外人に人気のアメ横に行ってみた、紫ビルで有名な多慶屋を訪れ家庭薬と化粧品を買い込んでアメ横をぶらついてみたがあの一角は他では見られない独特の雰囲気があるね。僕が若い頃に行った当時はゴミゴミとしていたし雑然としていた、現在でもその雰囲気は残っていたがその規模は断然大きくなっていてビックリだった。でもさあ魚を売っている店で衣料品も売っているあの感覚ってどこから来るんだろうね、それに中近東やアフリカの怪しげな兄ちゃん達が盛んに客引きをやっているのもショックだったぜ。僕は長い間中近東やアフリカでビジネスをやっていたんであんな薄汚い連中を見ると本能的に身構えちゃうんだ。あんな怪しげな連中が日本にどうやったら滞在できるんだろうね、何しろあの目つきからして僕には到底受け入れられないもんだ、こんな事を書くと「差別だ」なんて喚く輩がいるがアフリカや中近東の危険地帯を歩いたことのない人には連中がどれくらい危険かわかっちゃいないんだよね、できれば客引きのあんな連中には近づかない方が良いよ。この怪しげな界隈を後にして品川に戻り洒落た店で食事をして一日が終了した。翌日は僕が大好きな横浜で一泊することにした、横浜随一の高層ホテルであるパークホテルに宿泊したがホテルからの眺めは素晴らしいしホテルの周りの環境もとてもイイね。欧州に行ってもあのような洒落た雰囲気のある場所は少ないいんじゃないかと思ったぜ。

 

僕は若い頃ビジネスで欧州にも何度か行く機会があったがロンドン、パリと行った場所でも感激することは殆どなかった、ロンドンブリッジ、ビッグベン、エッフェルタワーと一通りの場所は歩いてみたけれど歩いていてもあの薄汚い中東の移民連中に襲われるんじゃないかと不安でたまらなかったことを思い出す。昔ロンドンでホテルにチェックインしている時僕は手荷物を股ぐらにしっかりと挟んで書類に記入していた、僕と同行していたメーカーの若い人は足元に荷物を置いて書類に記入していたんだ、若い人が書類に記入し終わってふと荷物を見ると見事に跡形もなく消え去っていたぜ、あっという間の出来事だったよな。僕は股ぐらに挟んでおいたお陰で被害に遭わなかった。パリでは友人と街を歩いていたら移民のガキどもに囲まれたパリ駐在の僕の友人はこのガキどもをいきなり殴り飛ばし始めたんだ本当にたまげたね、後で聞いたらスリの集団だったんだって。そのロンドンやパリは現在の方がもっと危険だって言われているんだぜ、欧州の人間が横浜を歩いてその安全性にぶったまげるのは当たり前だよな。

 

僕の家族はホテル近辺のあまりの綺麗さ、美しさにもう感激の絶頂だったよ。カミサンなんか‘横浜に住みた~い’って言いまくっていた。ホテル近辺を散々歩き回ってから中華街、元町と出かけたけれどあの界隈は本当に綺麗になったね~。中華街は人があまりに多かったんで横浜随一のファッション街である元町に連れて行った。元町の町並みは本当に綺麗になったし、まさにセレブの集う街って感じだね。街路脇に止まっている車が殆どスーパーカーなんだぜ、信じられないよな、日本って国は途轍もない金持ち国だって改めて納得したね。元町は高級ファッションの街だからすごく高いので‘ウィンドウショッピングだけにしなさい’ってカミサンに言い渡していたんだが丁度セールをやっている店を見つけて‘今晩着るんだ’って言いながらドレスを買い込んでいた、元町では考えられないようなお得なものを見つけて大満足の様子だった。元町を後にして港の見える公園と横浜タワーに行ってからホテルに戻ったが横浜は本当に素敵な街に変容したね。それにしても日本は世界中の人が憧れる国なんだって改めて理解できたぜ。

 

翌日東京に戻ってカミサンが期待をしていた世界最大のハロウィーンが行われる渋谷のスクランブル交差点へと出かけた、いやはや物凄い人とハロウィーンのコスプレだったぜ。フィリピンはカソリックの国だからハロウィーンの本場とも言える国なんだ、所がハロウィーンは子供の為のもので大人までが仮装するなんてことはありえない。僕の家もハローウィンになると物凄い量のお菓子を買い込んで近隣の子供たちがやってくるのに備えているくらいだ。この季節は特に恵まれない子供たちが数百人も僕の住んでいる地区にやってくるのでお菓子配りで一日が過ぎていくぐらいなんだ。だから日本のように子供そっちのけで大人がハロウィーンを楽しむなんて考れらない事だ、世界中の若者たちが日本でハロウィーンに参加してハメを外したがるのも無理ないよな。カミサンは自分の年齢をも忘れて奇抜なコスチュームの若者たちと写真を撮りまくっており‘来年は私もコスプレして参加する~’ってはしゃいでいたぜ、‘どうぞどうぞ’って言っておいたよ。彼女にしたら夢の国にでもやってきた感じじゃないの?僕にしたら「女房孝行」が出来たって所かな。

 

この旅行で感じたのは日本という国は世界のどこにもない不思議な国だっていう事だ、国民の皆さんは勤勉だし、勉強家でもあるが居酒屋、屋台と言った世界でも不思議な空間を作って盛り上がったり憂さ晴らしをする術も心得ている、京都や奈良のような歴史漂う地区もあれば温泉文化と言う世界に冠たる文化を持っている。日本人は世界のお祭りを自分のお祭りにしてなんでも楽しんじゃうんだね、本当に日本人は途轍もない人種なんだぜ。僕は世界の色んなところに出かけたが日本のような不思議な空間を見つけることはできなかったよ、世界中どこに行っても日本にいるような安全感、安心感を持てる国はなかった。僕の住んでいるフィリピンだって街をふらつきまわるなんて危ないし、夜の夜中に出歩くなんて余りにも危険すぎる。日本だったら女性だけでも深夜にふらつき回れるし居酒屋だってへっちゃらだ、どう見たってこんな国は世界広しといえどありえないぜ。日本は間違いなく地球外の惑星だね。

 

僕のカミサンがしみじみと言っていた‘日本人はずるい、だってこんな素敵な国を独り占めできるんだもん’って。日本人の皆さんよ、皆さんは世にも希なラッキーな人達なんだってことを忘れないでよね。