福岡伸一教授の「AIよ、生命をなめるな」に共感(・.・*)(._.) | 目の付け所から広報まで一気通貫で考えるPRコンサルタント 堀 美和子のブログ

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青山学院大学の福岡伸一教授(専攻:分子生物学)が、
朝日新聞に「動的平衡」というコラムを書いておられます。

この本↓を書いた人、と言えば、

 


「あぁ~、読んだ」という方も多いのではないでしょうか。(^_^)/



昨年末ごろのコラムに、
「AIよ、生命をなめるな」と題したのがありました。

広報ジャーナリストとして、
いろんな方の人生をお聞きする中で、

「人間、この複雑ですばらしきもの」という思いを
深くしていた私は、

福岡先生の論にフンフンっ!と頷きました。



今日も広報ジャーナリスト・堀美和子のブログにお越しくださり、
ありがとうございます。あなたに感謝ですっ!

 

 






福岡先生はゼミで学生たちに
生命を巡る問題を調べて発表してもらっているそうです。

ある回のお題は、レイ・カーツワイルの予言、
「シンギュラリティ(特異点)」について、でした。
 

 


「シンギュラリティ」とは、(聞きかじりですが)
人工知能が人間の能力を超えることで起こる
一連の出来事を指すそうで、

レイ・カーツワイル氏はその提唱者。


『ポスト・ヒューマン誕生
 コンピューターが人類の知性を超えるとき』

という著書からも、
シンギュラリティの意味が想像できると思います。


 

 


「既に将棋や囲碁のプロと互角に戦っているAIの能力は、
 やがて人間の生物学的総知能と同等の容量に達し、
 2045年には人間を完全に追い越し
 独自に考えるようになる。

 このとき社会は根底から覆ることになる」と。




更に驚くことに、

「このようなAIに、自分の脳の中にある情報と神経回路網の
 ネットワークをすべてそのままアップロードすれば、

 自分の意識はAI上に完全移植されることになり、
 そこで感じたり、考えたりすることができる。

 つまり自分はAIの中で不老不死を獲得する」とも。

 




 

 



福岡先生は学生さん達と
「こんなこと、ほんとうだと思う?」と
議論するのだそうです。


デジタルネイティブな彼らは、恐らくですが、
「シンギュラリティあるある派」なんじゃないかなぁ。
 

 



それに対して福岡先生は、
「この手の話にいささか食傷気味だ」と。


なぜかというと、
「生命に対する見方が根本的に誤っていると思う」から。


 

 


コラムを引用しますね。

「人間の知能は、ビッグデータから最適解を選んだり、
 フローチャートを進んだりするアルゴリズムなんかじゃない。

 もっと同時・散発的で、
 不合理なジャンプや結合によってなされる。

 あんまり生命をなめてかからないほうがいいよ」



(一番なめてかかれない手強い人類って、

 赤ちゃんだと思います。(^◇^;))

 

 


そういえば、冒頭に挙げた本の中盤過ぎにも、

「生命とは動的平衡にある流れである」

と定義付けられてます。





人って、“揺れる”存在なんですよね。

文系な私が先生と同じことを表現しようとするとこうなります。

言葉は違っても同じことです。




悩んで、喜んで、悲しんで、

慈しんで、憎んで、

時に裏切ったり、はたまた裏切られたり、

理性と感情、理論と行動の狭間を揺れながら、
動いていく存在、それが人間。

 



 

 

 



一人一人の「人生」という船の航路には、
決して同じものがない。

交わると見えて交わらなかったり、
触れあうはずがないと見えて同じ港に寄ったり、

波にさらわれそうになりながら
死にもの狂いで舵を切っていたり、

安定した大船に見えながら、
それこそタイタニックのように想定外なことが起こったり・・・。



 

 


たくさんの、それこそ生き方も働き方も異なる方々の
お話を聞かせて頂くようになって、

“人の営み”のすごさを痛感してます。



だから私は、AIが人にとって代わる未来、
を想像できません。



AIを否定するわけじゃないですよ。(^_^;)

だってこれから人類は、AIに助けられることなくして
生存していけないって思ってますから。





ただ、それとこれとは別。

昨日・一昨日と、近くの公園で行われた夏祭りで、

子どもたちが面白そうに&真剣に、
光る刀でチャンバラごっこをしてるのを見て、

 


また大人が、≪その時だけしか使えない≫光る指輪を
嬉しそうにつけているのを見て、



そう思いました。



AIって、そういう“訳の分からん”動機を理解し、
心の底から楽しむことができるんだろうか、と。



 

 



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