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カテゴリ:小説
20年前、私とあきちゃんがこのランプの宿に着いたのは、午後4時過ぎで夕靄がたちはじめている頃でした。宿の玄関には薄ぼんやりとしたランプの明かりが灯りはじめていました。宿は古い木造の二階建てで、その幻想的な佇まいに、私もあきちゃんもうっとりしていたはずです。 お風呂は4、5人が定員のこじんまりした家族風呂、今でいう貸切風呂が二つあるだけでしたが、天然ヒバの香りのする浴槽が旅情を掻き立ててくれました。風呂から上がって、浴衣に着替えて離れにある食事処で生まれて初めて鹿のすき焼きを食べたのですが、意外にクセがなく柔らかくて美味しかった記憶が残っています。 午後7時半頃に部屋に戻りましたが、もちろんテレビもないし、なんとなく淋しいような退屈感を抱いてしまいました。こんな調子で4日間もここで過ごせるのだろうか。ふとそんな気持ちになりかけた時、トントンと部屋の扉を叩く音がしたのです。中居さんかと思って、私が「はいどうぞ」と大声で答えると、扉が開いて男の人が入ってきたのでびっくりしました。 思わず大声を出しそうになったのですが、顔を見ると真面目そうな若い男性で、申し訳なさそうにモジモジとしています。 それで立ち上がって「何でしょうか」と話しかけると、彼は恥ずかしそうにボソボソと答えました。 「実は友達と二人で隣の部屋に泊まっているのですが、何にもすることがなく退屈で仕方がありません。そんな時にたまたま食事処の近くで、貴女方を見かけました。それで勇気を出して声を掛けてみようと言うことになり、ジャンケンに負けた僕が伺った次第です。すみません・・・。御迷惑でなければ4人でトランプでもやりませんか。」 私も退屈していたし、この誠実そうな青年にも興味を持ってしまいました。それであきちゃんの顔を見て同意を促したのですが、彼女は余り気のりしない雰囲気を漂わせています。それでも正面切って嫌だとは言いません。それで私が「トランプ1回だけだから、良いよね、あきちゃん。ねっ、ねっ!」と無理やりOKさせてしまったのです。 はじめに部屋に来たおとなしそうな青年の名前は高山正樹といい、後から来た明るく鞭撻な青年が浅川正輝という名前でした。漢字は異なるものの、二人とも「ま・さ・き」という名なのだと笑っていました。そして二人とも大学2年生、高校からの親友同士で毎年正月には必ず二人で旅に出るらしい。年下かと思っていたのですが、同い年と分かって何となく嬉しくなってしまいました。 一時間くらいで辞めるつもりだったトランプですが、4人できゃあきゃあ言いながらやっていると楽しくて楽しくてしようがありません。当初気乗りしなかったあきちゃんも、楽しそうに大笑いしています。 しかし気付くともう12時近くになっていました。それで明日からは4人一緒に行動しよう、ということにして、その夜はお開きにすることになったのでした。 (次回につづく) 作:湯川和泉 ※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。 またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2014.10.17 13:03:58
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