ファンハウス=越谷+ちっちゃな工務店+戸建の家づくり×笑顔いっぱい!

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埼玉県越谷市でツーバイフォー工法をメインに建築工事をしている会社のブログです。
1件1軒、どうしたら喜んでいただけるかじっくり考えながら仕事に取り組んでいます。

ブログをご覧いただき、ありがとうございます。

家はどう売るか?ではなく どう建てるか?

と悩んでいる建築会社です。


家づくりをお考えの方で

「私の気持ち」 (プロフィールページに記載)

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(営業風に感じるところもあるかもしれませんが、あまり気になさらずに。

 ただの蕎麦打ちと猫が大好きな普通の人間です汗

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こんにちは、(約30年ぶりに(回転寿司で)大トロを食べた)

飛鳥馬です。



みなさんは『笑顔』について考えたことはありますか?



片付けをしていると、本田美奈子.さんのカレンダーを発見


もったいなくてカレンダーを使わないでいたら、


ホコリまみれになっていました…


(カレンダーとして活用していないのでは…)


カレンダーは2006年のものです。


ご存知の方も多いと思いますが、


本田さんは38歳の若さでありながら、


2005年に急性骨髄性白血病で亡くなりました。


その時の彼女の闘病生活をテレビのドキュメンタリーを見て、


『笑顔』という詩を知りました。


このカレンダーには、『笑顔』という詩が入っています。

とても心に染みわたる詩だったので、カレンダーを買いました。



片付けていた時間でしたが『笑顔』の詩を読み返して、


再び笑顔について考える時間を得られました。


ここ数年、笑顔について考えることが多かったです。


普段あたりまえだったことが突然無くなった時、

とても辛くなります…。


例えば仕事や親族を失った時もそうだと思います。


笑顔もその中の一つだと思います…。


自分はふと気が付いたとき、

心から笑えなくなったときがありました…。

笑顔がなくなったことに気づいたときから、

虚しさが現れました…。

時間が止まったような気がします…。

笑顔は本当に大切です。

病床の時、『笑顔』の詩をかかれたそうです。

本田さんはご自身の身体が窮地に追い込まれながら、

笑顔について考えていたのだと思います。


死と隣り合わせで喜びを考えたのだと思います。

自分と近い年齢でここまで考えていたことに、


ただただ敬服いたします…。

2012.7.29本田美奈子『笑顔』 

『笑顔』

 

子供も 大人も おじいちゃんも おばあちゃんも

みんな、みんな笑っている顔が素敵。

怒っている顔よりも 泣いている顔よりも 

困っている顔よりも 笑顔が1番!!

きっと 笑顔が幸せを呼ぶと 頭では分かっていても、

心では、なかなか分からない人が、多いんじゃないのかナ?!

心が開いて、心の目で、周りを見渡してごらん。

きっと小さな幸せの芽が、見つかるよ。

そして、そこから少しずつ笑顔が生まれてくる。

笑顔が生まれ始めたら 喜びに変わるのも もうすぐ。

でも、人は生きていて 辛い時、悲しい時、

涙が止まらず心が開けない時 勿論沢山あると思う。

そんな時は あせらないでね。

自分だけが不幸ではない。

もっと心が暗闇に閉じ込められている人達も沢山いることを、

少しだけ思い出してみて。

自分の力で、心を開く人もいれば、

誰かの愛で心を開いてもらう人もいる。

気が付かないうちに心が開いている人もいれば、

歌や音楽で、心が開く人もいる。

それは人それぞれだと思うの。

 

人は、心が閉じたり、開いたり、

色々な経験 そして、沢山心で感じる事によって、

豊かな心を持ち、豊かな笑顔を育てて行けるのではないのかナ?!
私は、思います。

自分自身 豊かな笑顔が増えたら、

きっと周りにいる人達にも 幸せ届ける事が出来るでしょう。

笑顔が1番♡



自分は本田さんが亡くなられた年齢を

超えていこうとしています…。

本田さんのことを思い出すたびに、

自分は一生懸命生きているのか考えてしまいす。

なぜだか申し訳ない気持ちになってしまいます。

死を真剣に見つめられているからこそ、

本田さんの詩は心に響くものがあるのかもしれません。

そしてもう一つの詩を載せさせていただきます。


『ありがとうよ ありがとう』

今までいっぱいのありがとうを言ってきた
色々な気持ちのありがとうを・・・
ふとありがとうを言ってる時はどんな時だろうと考えてみた
お誕生日プレゼントを貰ったとき
突然の雨で雨宿りをしていたら
見知らぬ人が傘を貸してくれた時
お母さんがご飯のお代わりをよそってくれた時
誰かに何かを教わった時・・・
誰かに助けてもらった時・・
誰かに命を救ってもらった時・・
誰かに・・・誰かに・・・

お嫁に行くときだって
私を産んでくれてありがとう
私を育ててくれてありがとう
今までお世話になりましたと両親に
ありがとうと感謝の気持ちをのべる
そうだ
誰かや何かに感謝をしている時なんだ

感謝
感謝
当たり前の事のように思えるけど

大切に心から感謝しながら
人生を歩んでいきたいな
ありがとうよ ありがとう

 本田美奈子 


治療中の本田さんは薬の副作用で、

口の中にたくさんの口内炎ができていたそうです。


それは喉にまでできていて、


水を飲むことも困難だったそうです。


告別式の時に俳優の岸谷五朗さんが読んだ弔辞にも


本田さんが頑張って生きた証としてわかります。




弔辞

美奈子ちゃんへ

美奈子ちゃんがくれた手紙は、宝物になってしまいました

筆不精の僕は、いつも電話でした

実はこれが初めての手紙です

美奈子ちゃんには たくさんのびっくりをもらいました

初めて会って食事をした時 みんなビールなのに

美奈子ちゃんだけニッコリ笑って冷酒で乾杯しました

びっくりしました

けいこ中マット運動でむち打ちになり
コルセットでけいこ場にいました

びっくりしました

苦しいけいこの中
美奈子ちゃんの笑顔はけいこ場の空気を変えてくれました

けいこ場の天使でした 

びっくりしました

本番に入ってからも強靱な精神力 そしてその存在感

びっくりしました

あなたはいつもまじめでした

あなたはいつも一生懸命でした

あなたはいつも謙虚でいました

あなたはいつも仲間のことを考えていてくれました

あなたはいつも人に優しかった

美奈子ちゃんには言わなかったけど
仲間がいつも言っていた事

美奈子ちゃんは本当にいい子でした

いい子でした

こんなにいい子にはもう二度と出会えないでしょう

たくさんの優しさをありがとう
そして病気との闘い偉かったです

美奈子ちゃんはずっとがんばっていたのに

「がんばれ!がんばれ!」って言ってゴメンね

本当にがんばりぬきました

これからも美奈子ちゃんのことをいっぱい自慢します

自慢させて下さい

美奈子ちゃんにとって本当に貴重だった時間を一緒にいれた事

幸せに思います

美奈子ちゃんと約束した
また同じ舞台に立つという事はできなかったけど

僕たちはまたがんばって舞台づくりをしていきます

これからはいつも美奈子ちゃんが見ているのでさぼれません

いつまでも僕たちを見守っていて下さい

本当の天使になった美奈子ちゃんへ

 岸谷五朗


そして最後に、

本田さんのプロデューサーだった井上さんという方が、


本田さんの復帰第一作として曲を作っていたそうです。


福山雅治さんたちの協力で、その曲のデモを作り、


本田さん自身が詞を付けて歌うはずだった曲

↓『wish』。

http://www.youtube.com/watch?v=mgCKsnKmAeI



本田さん、優しさと勇気を改めて教えてくれて

ありがとうございます

本田さんの生き方に近づきたい…。

器が違うのはわかっています

でも、一歩でも…。


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