『野生のオーケストラが聴こえる』 | よどみにうかぶうたかた

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バーニー・クラウス著、伊達淳訳

『野生のオーケストラが聴こえる~サウンドスケープ生態学と音楽の起源』

(みすず書房、2013年)


 原著の出版は2012年。著者バーニー・クラウスは、
アメリカのナチュラリスト、音響生態学者、ミュージシャン、ギタリスト。
世界中の生態環境音を収集保存している、
サウンドスケープ生態学のパイオニアだという。


 サウンドスケープ(音風景)については以前から興味を持っていた。
この書は特に、
自然界における野生動物が作るサウンドスケープについて書かれている。


 著者によれば、
野生の環境においては三つの基本音源があるという。


1.バイオフォニー
(人間以外の野生生物、主に動物が発する音)
2.ジオフォニー
(風や水、大地などの非生物が発する自然の音)
3.アンソロフォニー
(人間が出す音)


 著者の視点の特徴は、
個々の動物の発する声や音を抽出して捉えるのではなく、
その場所で聞こえる音全体を捉えようとする点にある。
自然環境のジオフォニーの上に、
それぞれ異なる周波数帯域を持つさまざまな動物たちが
重層的なバイオフォニーを奏でる。
それを著者は、動物たちによる「オーケストラ」と表現する。
なお、この野生のオーケストラにおいては、
人間が出すアンソロフォニーはノイズの最大の原因となる。


 全体を読んだ印象としては、
野生のオーケストラが人間の出すノイズによって妨げられる有様を、
人間による自然破壊の様相と繋げて、
環境問題に対する提言を著者は行ないたいようだ。
そして、著者の主張というのは、
人間の世界と自然の世界とをはっきりと区切るべし、
ということのように思える。
野生のオーケストラの中に人間のノイズを入れるな、
ということだ。
「自然のなかに足を踏み入れるのであれば、静かに入っていって、
入っていったときと同じ状態で出てくること。」p.264


 これは野生生物保護区の考え方で、それはそれで意義があるとは思う。
人間が自然をより良いものにできるなどという傲慢な発想に対する批判にも
うなずける。


 ただ、私の関心は、人間も住む世界における人間と自然との関係にある。
この世界においては、
アンソロフォニーも単純にノイズとは言えなくなる。
音を出さない人間の活動はほとんど無いし、
音を出すことが目的や手段となっている活動を否定することもナンセンスだ。
人間も住む世界においてはアンソロフォニーは必然的な構成要素だと言える。
しかし、アンソロフォニーが優位になりすぎて、
ジオフォニー、バイオフォニーが置き去りになるのも問題だろう。
昨今の逗子海岸の問題
(拡声機、又は拡声装置を使用して音又は音声を流すことの禁止)
は、海水浴場において、
音楽というアンソロフォニーのみを求める人々に対し、
波や風の音といったジオフォニーや、
アンソロフォニーのなかでもよりバイオフォニー的な
子どもたちのはしゃぐ声に、
より心地よさを感じる人々もいることを
再認識させてくれたように思う。


 この文章を書いている今は、夜の7時半。
窓の外からは、
車の通る音や、近くの居酒屋から聞こえてくるカラオケの歌など、
心地よくないアンソロフォニーが絶えず聞こえてきているが、
秋の虫の音という心地よいバイオフォニーがそれを中和してくれている。
ジオフォニー、バイオフォニー、アンソロフォニーがいかに調和すれば
人間にとっても、人間も住む世界に住む他の生物たちにとっても
最高のオーケストラを奏でることができるか、
ちょっと考えてみたいと思う。




野生のオーケストラが聴こえる―― サウンドスケープ生態学と音楽の起源

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