土曜日は古寺を歩こう。

寺勢華やかな大寺も、健気に法灯を守り続ける山寺もいにしえ人の執念と心の響きが時空を越え伝わる。その鼓動を見つけに…。

東光院、萩のお寺も……、

2017年10月05日 | 大阪の古寺巡り





(2017.10.04訪問)


きのう、肉ワカメうどんにエビ天を奮発した豪華ランチの最中に、寺友のN君から「萩見に行かんか」の電話あり。
「もう萩も終わりと違うんかい」と云ってもウムを云わせず阪急宝塚線曽根駅で待ち合わせ指令。萩の寺東光院と云うお寺が豊中に
あると云うので止むを得ず行ってきました。皆様誤解なきように、ボクは花の寺に花を見に行く趣味はありません。時にそこに花が
あればもちろん愛でますが、それを目的に行くことは先ずありません。きのうは特別で、社にいても誰も相手になってくれないので、
これ幸いとN君について行った次第であります。


▼紅白萩が迎えてくれる萩の寺、咲き具合はどうでしょう。                                    

        





▼阪急曽根駅から5~6分の所、この延命橋を渡ると右に萩の寺山門があります。







            ▼山門前の寺号碑には愛称が刻されています。







            [ 東光院 ]
            ●山号 仏日山 (ぶつにちざん)
            ●寺号 東光院 (とうこういん) 愛称萩の寺
            ●宗派 曹洞宗 (そうとうしゅう)
            ●開創 伝 天平年間 (729年~749年)
            ●開基 伝 行基 (ぎょうき)
            ●本尊 薬師如来坐像
            ▲拝観 200円 (萩の開花期間は500円) 朱印300円
            ▲時間 9:00~17:00
            ▲大阪府豊中市南桜塚1-12-7 Tel.06-6852-3002
            ▲http://www.haginotera.or.jp/
            ▲阪急電車宝塚線「曽根駅」から徒歩4分
             名阪神高速「豊中北」出口から5分
             中国自動車道「豊中IC」から10分




▼ごく普通のお寺と云う感じの山門(薬医門)です。四脚門、切妻造、本瓦葺、総欅造り、宝歴七年 (1757年) 建立。

       





▼山門扁額。これも寺号ではないですネ。板書きにしか見えないですが、それにしても素晴らしい筆蹟。







東光院縁起 (東光院HPより抄出)
もとは大坂豊崎の里にあって、境内に萩多く通称「萩の寺」として親しまれ「南の四天王寺、北の東光院」と並び称された格式ある
古刹でした。僧行基が豊崎の里を訪れたとき、死者が浜に風葬されている光景を見て、民衆に我国で初めて火葬の方法を伝授しまし
た。天平七年 (735年) 行基六十八歳のことといいます。行基は荼毘に付した死者の霊をなぐさめるため、自ら一体の薬師如来像を造
り、その仏前に淀川水系に群生する萩を手折り供えました。それを縁に人々の浄財で薬師堂を建立したのが東光院の始まりです。
大正三年 (1914年) 阪急電車敷設により現在地に移転しました。





▼山門から境内を、紅白萩が僅かに見えています。







▼参道正面は本坊です。萩は少々寂しい感じ。左にはお堂が並んでいますので順に拝観しましょう。







            ▼魯山人観音。東光院と北大路魯山人は少なからず縁があるそうで、
             魯山人自ら刻した白衣観音を等身大模刻した石像だそうです。
             影がかかって見にくいですが、ベッピン観音さんです。







▼三十三観音堂。本尊 厄除薬師如来坐像。天保四年(1833年)建立。堂内には寄進された三十三体の観世菩薩像が奉安、脚下には各霊
 場の砂と円坐石が置かれ一巡すれば全霊場を巡礼したのと同じご利益が受けられるそうですヨ。







▼三十三観音堂扁額。







▼三十三観音堂本尊薬師如来坐像。お口が小さく優しそうなお顔ですネ。







▼観音堂前の赤萩。ここはよく咲いてます。株によってかなり差がありそう。







▼東照閣仏舎利殿とあごなし地蔵堂。仏舎利殿と地蔵堂を兼ねたお堂。
 仏舎利殿として元和三年(1617年)二代将軍徳川秀忠の上意を請けた大坂城主松平忠明が創建。







▼扁額。







▼仏舎利を納めた孔雀宝座。



 あごなし地蔵の由緒。 (東光院HPより抄出)
 平安初期の参議の小野篁が承和五年(838年)隠岐へ流されたときに阿古という人が世話をしました。この阿古は歯の病気に大層苦し
 んでいたので、篁は代受苦の仏である地蔵菩薩を刻んでこれを授けました。阿古が信心をこらして祈願するとたちまち病が平癒し、
 奇端は偏にこの地蔵尊の加護したまうところと、島民の信仰を集めました。その後、地蔵尊は島の伴桂寺にまつられ「阿古直し」
 が なまって尽には、「あごなし地蔵」と呼称されるに至ったといわれています。





▼あごなし地蔵堂前の萩。













▼本坊です。ここで御朱印を戴きます。







▼本坊扁額。達者な墨跡、跳龍閣と書かれています、山門扁額の作者と同じ人ですネ。







            ▼金光明最勝王経のデッカイ写経塔。







▼萩まつりの祭神道了大権現を祀る道了堂。
 道了さんとは修験道の奥義を極め神変自在の神力を現した室町時代の禅僧。火神商神、火盗除災、心願成就の権現として
 勧請。







▼道了堂扁額。







▼本坊を右に折れるとこれまた一直線参道で本堂へ続きます。右手が大阪みどりの百選に選ばれている「萩露園」
 相当咲いてるように見えますネ。







            ▼参道左に子規の句碑。
             ほろほろと 石にこぼれぬ 萩の露







▼参道突端に釈迦白仏坐像(ホワイトブッダ)。
 スリランカ仏教徒会議は、大震災からの復興を讃えると共に、震災物故者への慰霊と仏・法・僧の三宝供養を萩の寺に託
 しこのワイトブッダ―釈迦如来白仏像を当山に託しました。







▼「萩露園」はやはりオシマイの様、萩のトンネルも心なしか寂しぃ〜、しかし株によっては今満開も見れます。



















▼本堂です。平成十一年十月十九日阪神淡路大震災から復興。







▼本堂前の赤萩。







▼本堂扁額。







▼本堂内陣の荘厳。須弥壇お厨子に本尊薬師如来がお坐りだと思われます。







▼紅白の残り萩を惜しみながら萩の寺東光院をお暇します。







▼ご朱印です。







花のお寺も旬を逸するとうら寂しい感じがするんですが、ここ萩のお寺は狭い境内にも関わらずこれでもかの萩が植栽され、花はも
うおしまいの感が強いですが、株の緑はボリュウム満点、名残の萩をチラチラ頭上に見ながら緑のトンネルを歩くもまた一興。萩ま
つりの最中にはさぞや華やいだ賑わいがあるんでしょうネ。
皆さん何はともあれ、花のお寺は満開の時に行きましょう。

東光院 オ シ マ イ





  ↓ ポチッと押していただければたいへん嬉しいのですが。

神社・お寺巡り ブログランキングへ

最新の画像もっと見る

コメントを投稿