綾野剛主演の 『日本で一番悪い奴ら』 という映画を見てきた。
実在した北海道警の刑事をモデルに、その転落人生をドラマにしたものである。
主人公が悲惨な運命をたどることはもちろん、彼に絡む他の登場人物が誰も幸せにならない、という稀有な映画。数人は自殺、あるいはヤク漬け。みんな、何らかの形で不幸になって終わる。だから、鑑賞後の後味が悪いことは大いに保証する。
その点でオススメはしにくい映画なのだが、綾野剛の演技がなかなか見物だ。
しかも最近ではやたら放送基準にうるさくなり、女性の胸すら映らなくなった最近のTV番組にはない、ひと昔前特有の 『エロさ』 が、なかなか懐かしくもある。
いい気分にはなれないけど、見て損はないというのが私の感想である。
さて、この映画のタイトルは 『日本で一番悪い奴ら』 である。
綾野剛が演じるのは、不祥事の限りを尽くした警部・諸星である。
皆さん、タイトルが指すのは単純に映画の主人公のことと考えていません?
あるいは、諸星だけでなくその周囲をとりまく人々。考えても、その範囲だろう。
でも、私が思うにこの作品の真意は、「こういう悪いやつらがいますよ。見てやってください、彼らの悪い行いを。その因果としての悲惨な人生を!こういうやつらになり下がらないようにしましょうね!」 というところにはないのだ。そんな単純な話じゃない。
この映画のうまいところは、(気付ける人には) 諸星たちも確かに悪いが、本当に彼だけを責めれば終わりか?と考えさせるところにある。
この映画は、見る人に問いかけるのである。
本当に悪いやつは誰なんでしょうね?
本当に、コイツは悪いで終わらせていいんでしょうか?
見えないところに、映画が描いていないところに、いるんじゃないですか?
目立つやつだけを罰している今の社会が続くなら、世界は変わらないんじゃないですか?
第二、第三の諸星を生むだけじゃないですか?
今の世の中って、そういうシステムになっているんじゃないですか?
もともと、ただ柔道のチャンピオンで、やんちゃだけど根はまっすぐだった諸星。
警察は、どうしても社会人柔道で優勝したかったので、それだけで諸星をスカウト。
柔道しかできない諸星は、警察の普段の仕事では不器用で、お荷物同然だった。
で、唯一彼によくしれた上司 (ピエール瀧) は、諸星に教え込む。
「仕事を真面目にやってもダメだ。すべては、点数だ。チャカ (拳銃) とか覚せい剤を摘発してこそ、実績だ。そのためには、汚れる覚悟がいる。ヤクザの世界にも飛び込めなきゃいけねぇ」
映画を見ただけなので、これは私の意見に過ぎないと割り引いて聞いてほしいがー
諸星は、悪人と言うよりはバカ真面目すぎた。
よく、知的障がい者が、悪事に加担していたというイヤなニュースがある。
本人は、悪いということをあまりわからずやっていた。
それどころか、親切にされたりしていい印象しか持っていなかったということもある。
ただ、人が良いから頼まれたからやった。
そのやったことが実はどんなことか、というところまで突っ込んで考えられないことに漬けこんだ、卑劣な手段である。殺人や盗みなどをさせたら、明らかに 「悪いこと」 だと分かるが、見た目だけは普通の仕事だったら、結構だまされやすい。
諸星は一見普通で、物事の理解力も普通だが、持ち前の異常なまでの 「真っすぐさ」 が、たまたま悪い方へ誘導されてしまった悲劇なのではないか、と感じた。
諸星は、何でも頑張らないと気が済まない。やるからには、徹底しないと気が済まない。
普通の警官なら、たとえきれいごとばかりじゃやって行けないことは分かっても、さじ加減をきちっと考えるだろう。バランスを崩さないように、実生活が破綻しないように配慮もする。
しかし諸星は、上司からヤクザに飛び込めと言われたらもうさっそく次の日に飛び込んでいる。警察は点数がすべてで、スパイ (情報のタレこみ屋) をどれだけ持てるかが刑事の値打ちだ、と言われたらススキノで手当たり次第に名刺を配りまくる。
そして、拳銃をひとつでも多く摘発してこい、と言われればヤクザやロシアから買い付けてでもやる。その結果、最も優秀な刑事として数々の表彰を総ナメにする。
諸星が、ただ 「目的のためなら手段を選ばない、自分の利益しか考えていないやつ」 なのではない。ただ彼は、人に認めてもらいたかった。そして認めてくれるなら、それを徹底してやりたかっただけなのだ。そこを、他人がまた 「ちょっとは違法なことも仕方がない」 と吹き込んだので、常人よりもはるかに物事にこだわり徹底する傾向のある諸星は、過度に暴走した。
彼を利用したやつも、まさかそこまで彼が行き過ぎると思わず、扱いかねて見捨てる。
もちろん彼は、自分のしているのが「悪いこと」 だという認識はあり、セリフでもそう言っている。
しかし、それは比較判断としての 「良いことか悪いことかと聞かれたら、悪いと判断できる」 という程度の知的認識であって、彼の中の優先順位は 「自分がちゃんとやることをやっている、と評価されるために今すべきこと」 がトップであり、良いか悪いかは二の次なのだ。
思考回線が単回線な者は、悪気なく 「一番の目的以外大して意識できない」 。
だから、よかれと思ってそう振る舞っているのに責められたら、キレるのである。
「だって仕方ないでしょ。何が悪いんだよコラ」 となる。
一般人目線の表現をすると、「本当に悪いやつらは警察の上層部、あるいは仕組みそのもの」 ということになる。もっと厳しいことを言うと、そのような在り方を弱い者たちに強いてしまうこの国の在り方。もっと広げると、資本主義社会のシステムそのもの。
もっともっといやなことを言うと、日常自分は問題なく生きれているので、ニュースなどで悲惨な話は聞くがさして緊急に世界を変える必要を感じないので、日々普通に過ごすすべての人。
沈黙は、容認と同じである。
要は、映画を見ているまさに 「あなた」 も、決して無縁ではない、ということだ。
あなたも、この世界の構成員である以上、繋がっている。すべての存在は大なり小なり何らかの影響を及ぼし合って生きているので、結局悪いやつらとは 「全員」 になる。
この記事を書いている私も、である。
非二元やスピリチュアルになると、これが 「そもそも悪いやつもいいやつもいない」 そういう普通の物差しが通用しない話になっていくので、ここでは建設的でないため無視する。
何もしていないと、悪くない。
そういう空気が、現代には蔓延している。
ちょっとしたこと (ちょっとしたことじゃないことも多いのは認める) でも政治家や芸能人がバッシングを受ける。ブログも炎上する。ここまで叩くか、というくらいひと昔前とは 「大衆の集合意識が」 変わった。しかも、良くないほうに。
どこが、スピ的に時代が進化してるものか。それは全体ではなく、一部だろ。
叩く人の心の中では。「自分は何も悪いことしてない」 という事実だけが肥大し、免罪符のように働き他人をこき下ろしても当然 (だって自分は悪いことしてないから) という意識が形成される。
彼らには、「すべての存在が影響し合って、ひとつの結果を世界に生み出しているのだから、すべてのことに自分もまた無縁ではない」 という視点がない。それがある人物は、たとえその人物の普段が尊敬できるものであっても、すべてのことに関わっているという謙虚さがあるので、愛のない攻撃心むき出しなだけの批判はしない。
むしろ、彼らのために心を痛め、できることを考えるだろう。
たとえすぐに何かできないとしても、いつでも優しさをもって関心を寄せるだろう。
この映画は、実在したある 「ワル」 を描きながらもー
じゃあ、すべてこの人物のせいですか?本当に悪いのは誰ですか?を問う。
警察全体じゃないですか。社会全体じゃないですか。国の在り方そのものじゃないですかー
もっと言えば、今この映画を見ているあなた!あなたもですよ。
無縁じゃないんですよ。
暗にそう指摘してるところが、秀逸である。
ただし、「おお自分だって」 と分かったところで、今すぐに何か行動を起こすというのは、大勢にとって現実的ではない。社会に色々、『人質』 を取られていて生活ができているので、ほいほい気に入らないことを是正できないシステムになっている。
今できるのは、少なくもこの映画のような現実を正視することである。
他人事、と捉えて終わらないことである。
問題意識をもつことである。
小さい一歩かもしれないが、そこから始まる壮大な物語もある。
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