法律は「目的」を持っています。そして、その「目的」のために、例えば、許可制や届出制、刑罰など様々な「手段」を用意しています。
日本で「お酒」に関わる法律といえば、真っ先にあがるのは、「酒税法」でしょう。酒税法はもともと酒類に税金(酒税:国税の一種)をかけることで、税収を確保しようという法律です。日本における「酒類」の基本的定義もこの法律におかれており(酒税法2条)、酒類の所管官庁も国税庁となっているのが実際です。

ところで、ブックレビューといいながら、前置きに「ワイン法」のお話をしていません。というのも、形式的な意味での「ワイン法」なるものは(当然)日本には存在しておらず、それどころか、「日本酒(清酒)法」などというものもありません。ただ、ワインを規制する法律という意味での実質的意義におけるワイン法としては、上記の酒税法をはじめ、様々な法律に散見することができます。例えば、不正競争防止法や景品表示法、さらには食品衛生法や製造物責任法まで実に様々な法律が関わってきます。
書評書、蛯原健介『はじめてのワイン法』は「日本でもワイン法をもっと整理、整備すべき!」という主張を通底させながら、ワイン法の先進国というべきフランス法やEU法などを基本に検討していきます。ワイン好きの人であれば、フランスワイン法といえば、AOC法(アーオーセー法:Appellation d'Origine Contrôlée)を思い浮かべるでしょう。これは、「原産地呼称制度」に関する法律で、例えば「ボジョレー」や「ボルドー」や「ブルゴーニュ」さらにはボルドーの地区である「サン・テミリオン」やブルゴーニュの地区である「コート・ド・ニュイ」やさらにその一地域である「ロマネ」などはこの法律によって、その「呼称」が保護されています。つまり、基本的にボルドーで作られていない(多少精確にはボルドーで取れてはいないブドウを使って)「ボルドー」を名乗ることはAOC法上違法なものとされます。本書評書もこのような「原産地呼称」を基点にしたワイン法の整備を求めるのです。

しかし、通底して流れる疑問は「日本にワイン法は必要か」です。書評書はこの問いに対して、消費者保護視点(誤解の解消)、生産者保護視点(まがい物に地位を奪われない権利)、そして対外的視点(特にヨーロッパへの輸出の困難性)を挙げます。しかし、消費者保護視点は、各種表示法がありますし、何より、そこまでパターナリスティックになることがいいのかというそもそもの問題があります。また、生産者保護視点も、行き過ぎれば不当な既得権保護になり、むしろ生産者に努力をさせないという危険があります。
残るのは、対外的視点です。つまり、EU法に従わないワインはEUへは輸出できないのですが、EUワイン法は「輸出国内にもEUワイン法相当の法整備がなければ輸出できない」ということになっています。簡単な具体例をいうと、EU法が定めたブドウ品種でなければ、EUではラベルにその品種を書けないのです。そのため、例えば、日本に多い食用ブドウ(例えば巨峰など)を使ったワインは「品種:巨峰」と書いては、EU諸国へ輸出できないのです。そうすると、ワイン法の存在意義の第一は、実際問題この輸出に関わるものです。そのために「法律を整備」する必要があるのかどうか…。
当然、日本酒を輸出するときには、そのような規制はかかってきません。それは、日本酒が日本オリジナルなものであり、他国では製造されていないためです。その意味では、ワインとは性質が異なります(なお、EU法上、日本酒をrice wineとして売ることもできません)。しかし、日本でワインづくりが遅れたのは、そもそも、日本がブドウ作りに適した気候でなかったからであり、「これから世界に向けて発信する」ということにどれだけの意味があるのでしょう。ブドウが地中海性気候(Cs)で育ちやすいというのは常識ですが、日本ではそのような土地はかなり限定されています。

確かに、「日本の優れた技術を世界に」というのはわからないではありません。しかし、「適・不適」というものは確かにあるのであり、ワインがどうなのか。果たして、「ワイン」を特別視する理由はあるのでしょうか。
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