普段カルテなどの公文書を書く際には、決まり事のためにインク製筆記用具を使うが、メモや簡単な絵などの場合には、決まって「鉛筆」を選択する。
シャーペンでもボールペンでもなく、木製、黒鉛芯でできた「鉛筆」を手にとる。
”とりあえず”ではなく、”好き”で鉛筆を握るのである。

えんぴつ選ぶ

TPOによる使い分け、決してランクがあるわけではないのは解ってはいるが、小さい頃、大人になれば筆記用具の到達点は万年筆であると信じていた。
内ポケットからさり気なく取り出し、紙にサラサラとペン先を滑らせる姿は今でも憧れを抱いて観る。
しかしながら、社会人になり手にした万年筆には、
いろいろな意味で、”選び”、そして”選ばれる”道具であると判り、今はその所在も不明のまま一切手にすることはない。
筆記用具として、ごくありふれた「鉛筆」を使いつづける理由、今まで振り返ってもみなかったことを今日は少しまとめてみたい。

鉛筆に関する雑学
身近で、つきあいが非常に長い道具でありながら、今回いろいろ調べ、これまで知らなかったことが結構あることを痛感する。
下記の「鉛筆」にまつわる話は、以下のサイトを参考にさせていただいた。いろいろと興味深いことが紹介されているのでご参照いただければと思う。

*参考サイト
1)ボクも!ワタシも!えんぴつ大好き (日本鉛筆工業組合) :http://www.pencil.or.jp
2)PENCIL FRIEND 鉛筆友達 :http://www.pencil-friend.com
3)三菱鉛筆博物館 :http://www.mpuni.co.jp/museum/

●やはり鉛筆生産量は減少している
日本で鉛筆は、17世紀初頭に徳川家康が最初に使用したといわれ、初の量産は、1887年に東京の新宿において真崎鉛筆製造所(現在の三菱鉛筆)創業者・真崎仁六(まさき にろく)によって開始されたとされる(『今日は何の日:話の365日』 PHP研究所〉、2006年.より)。

鉛筆生産量

グラフは鉛筆生産数量および小学児童数の年次推移をプロットしたものである(日本鉛筆工業協同組合:http://www.pencil.or.jp/seisan/seisan.html、資料より引用)。
グラフからわかるように、鉛筆の生産量はピーク時の約1/6に減少している。その要因の一つとして、少子化、すなわち使用需要の多い学童期の影響が考えられるが、グラフの勾配を見る限り、その減少幅は鉛筆生産量において大きい。このことは、鉛筆にかわる道具、おそらくはデジタル機器に取って代わられたであろうことは想像に難くない。

●鉛筆の外形が六角形の理由
普段よく使用する鉛筆(主に黒鉛芯)は大抵6角形の断面をもっている。
転がりにくくするために角をもたせていることは知っていたが、持ちやすさのためにということはこのたび初めて知る。
これは、指で握った場合、必ず3点(親指、人差し指、中指)で押さえるため、3の倍数である必要があるからだそうだ。たしかに、4角でできた鉛筆で字を書く場合、指の握る角度を少し変えると、クルッと木軸(本体部分)が回ってしまい、芯先を気にするようなことが多くなる。
なお、色えんぴつでは、文字を書くだけでなく、絵を描くために様々なな持ち方をして使うので、指あたりのよい丸軸にしてあるという。
*上記、参考サイト2):http://www.mpuni.co.jp/museum/qa/knowledge03.htmlより引用。

●鉛筆の構造とできるまで
鉛筆の製造工程は大まかに次のようになっている。
1)黒鉛と粘土に水を加えて、よく混ぜ合わせる。それらの原料を鉛筆の芯の太さになるよう押し出し成形する。

鉛筆工場1

2)できた芯を約1000度で焼き固め、熱い油に浸す。粘土と黒鉛の粒子のあいだに油が入ることで、文字を書く際に鉛筆の滑りがよくなるという。
3)木板を鉛筆の芯の幅に合わせて削り、そこに芯を入れる。

鉛筆工場2鉛筆工場3

4)さらに上から木の板をかぶせ、貼り合わる。

鉛筆工場4

5)木の板の上、下の面を概形面になるように削る。

鉛筆工場5

6)最後にカッターで一本ずつ削り落とし、表面塗装をして仕上げる。

*上記、参考サイト3)三菱鉛筆博物館 えんぴつ工場見学/三菱鉛筆株式会社:http://www.mpuni.co.jp/museum/tour/c_pencil.htmlより図とともに引用
**えんぴつ工場にいってみよう/トンボ鉛筆:http://www.tombow.com/kids/factory/index.htmlでは動画付きで解説されている

オートメーション化されているとはいえ、非常に手の込んだ工程を踏んでいるのがわかる。

さて、
通常、木枠の中心に芯がくるわけであるが、次の2つの鉛筆を削った直後の画像をみてほしい。

某国の鉛筆

上の鉛筆は某百均で売られている某国製のもので、もう1本は国産の老舗メーカーのものである。いずれもバージンのものを手回しの鉛筆削りで削りだした直後のものである。
2つの鉛筆では、画像中の赤線で示す芯と木の部分の境目のラインの傾斜が異なっており、上の某国製のものの方が急になっていることがわかる。これは、黒芯の位置が木の中心からはずれていることに起因する。このズレは、1回の削りだしで書ける回数に影響する。
開業当初、安い鉛筆を揃えていたが、このズレがあまりにも多いため、今では国産のものに統一している。


今でも好んで使うワケ
鉛筆を使い続け、惹かれる理由は、”木製の道具”であることに尽きると思っている。
木とともに生きてきた日本人のDNAが刷り込まれているからかもしれないが、
グリップ時のホールド感には、他の無機質の道具では得ることが出来ない”木”特有の優しさがある。

恐らく鉛筆が敬遠される一番の理由は、芯が減ったり、折れた場合に削らなければならないことであろう。
個人的には、この作業が苦にならず、というよりもむしろ好きであることも手放せない理由の一つになっている。
木が削れる様子や感触、音、そして香り。さすがに食すことはないが、心地よい五感の刺激を受けながら、次への準備を整える筆記用具は鉛筆以外にはない。
絵を描く時などに多いが、求める描線に合わせ芯先を整えていく作業は、道具をカスタムメードに仕上げることに他ならない。この点も仕様変更の自由度が少なく、使わせてもらってる感が強い他の筆記用具とは大きく一線を画す。

普段は手回しの鉛筆削りを利用しているが、ひさしぶりにナイフで削ってみることにした。
せっかくだから、当時(40年近く前)のようにと思い、よく使っていたナイフを近くの文具店に探しに行ったが見あたらない。
ようやくネットをとおして手に入れたのが、この和式ナイフ(「肥後の守(ひごのかみ)」)。

肥後のナイフ削った鉛筆


体で覚えているのだろう、黒鉛芯が出てくるまでのナイフの刃の角度、動きの変化等は何も意識することなしに行うことができた。ただ、時間はかかった。
もちろん、写真写りを考慮して、できるだけ綺麗な鉛筆削りを行っている。

思いどおりに削れた満足感・達成感は当時も今も変わらない。
単なるノスタルジアで些細な満足感かもしれないが、手間暇かける良さを知っているからこそ、今でも鉛筆を使い続ける。