前回、イギリスにおける砂糖税導入の話を記したが、
砂糖と聞けばむし歯と連想してしまうのはこの業界に身を置く悲しい性。
今日は、イギリスと砂糖、そしてむし歯に関する興味深い資料(参考文献1)より)があるのでこれを引用紹介してみたい。


イギリスにおける砂糖消費拡大の始まりは17世紀のことで、上流階級の間で紅茶に砂糖を混ぜて飲むことが流行したことからとされる。
17世紀中頃以降、イギリスの貿易拡大、カリブ海域の植民地に展開した砂糖プランテーションおよび製糖工場の推進により、多大な量の砂糖がイギリスをはじめヨーロッパへ流入することになった。
このため、18世紀中頃以降には、イギリス国内では階級の別なく砂糖は消費されることになり、食生活を変容させたともいわれる程その量は増大していった。

竹原本1


砂糖消費の増大と比例して拡大していった現象の一つは口の中の”むし歯”であった。
エジンバラ大学の MooreとCorbettは、ローマ時代(占領期)~19世紀末までのイギリス出土の古人骨におけるむし歯の発生状況を詳細に調査した。

竹原本2


グラフに示すように、
サクソン、中世期の時代まで少なかったむし歯の発生率が、砂糖消費の始まる17世紀で著明に増加していることがわかる。


歯の説明

*歯の専門用語(咬合面ー裂溝、隣接面、セメントーエナメル境)の説明

このイギリスにおけるむし歯の発生率は、さらに19世紀前半に比較して19世紀後半において増加していた。
これは、先のイギリスにおける一人あたり砂糖消費量のグラフに示されているように19世紀半ばに穀物法が廃止されて以降、一人あたり砂糖消費量が増加している結果とリンクしているためであると説明されている。
この法律廃止に伴い、砂糖消費は増大しイギリスにおける食生活は大きく変化したといわれる。

この文献にはさらに興味深い知見が触れられていたので続けて下記に示す。

イギリスにおけるむし歯の特徴として、
先の発生率を示したグラフにおける17世紀以降のカラム別の様相を見ればわかるとおり、歯の部位では”咬合面ー小窩”部において著明に発生、増加しているのがわかる。
この現象は、我が国の古人骨のむし歯状況を調べた結果とは異なっているという。

日本の古代人のむし歯は、歯の隣接面、セメントーエナメル境において多発しているのが特徴的であるという。
このことは、民族性の違いによるものと考察されている。
食料の糧を農耕によっていた日本人は、古代より穀物、根茎類から採れるデンプンを加熱調理し摂取してきた。
高分子多糖類であるデンプンは歯の隣接面、セメントーエナメル境において付着、むし歯原因菌の格好のすみかになった。
このことが古人骨におけるむし歯発現様相の特徴的理由になっているという。
ここで再びイギリスの場合に戻る。
砂糖は低分子のため口の中のどの部位にも入り込むことが可能で、歯の咬み合わせ面(咬合面)の溝や穴に付着、むし歯原因菌の餌となる。
細菌は同時に砂糖を分解し、その後の重合により生じるグルカンという多糖は、歯に粘着し不溶性の細菌の巣(プラーク、バイオフィルム)のもととなり、むし歯発生の場となった。

以上のような摂取食品の違いがイギリスと日本におけるむし歯の発生様相の違いに反映されていると考えられた。


■参考文献
1)竹原直道 編著:むし歯の歴史 または歯に残されたヒトの歴史、砂書房、東京、2001.
2)Moore WJ, Corbett ME : The distribution of dental caries in ancient British populations. 1. Anglo-saxon period., Caries Res. 1971; 5(2):151-68.
3)  Moore WJ, Corbett E : The distribution of dental caries in ancient British populations. II. Iron Age, Romano-British and Mediaeval periods., Caries Res. 1973; 7(2):139-53.
4) Corbett ME, Moore WJ : Distribution of dental caries in ancient British populations. IV. The 19th century., Caries Res. 1976; 10(6):401-14.