ふうん、というのが、正直な感想だった。
ばかばかしいジンクスのうちの一つ、気まぐれでかかわっていたこの茶番に、昏い目をした人間がまた一人加わった。
みなとは不思議でしょうがない。
なぜ、あの先輩といい、上条といい、あの類の人間に自分は目をつけられるのか。
呼び出されたのは、例の「茶番中の茶番」を見つけられた教室だ。
ここに呼び出される理由に、心当たりがありすぎて、ため息しか出ない。
本当は無視してもいい。
これは子供の暇つぶしで、強制力はないのだ。
で。
――――来ちゃうわけね。
自分に自分で突っ込みをいれ、廊下の床をきゅ、と鳴らせながら、ひと気のない方向へ進んでいく。
そして、その扉の前に立つ。
ためらうくらいなら、初めから来ない。
無造作なくらいに、一気に扉をあけた。
「・・・・っ。」
窓辺に立っていたその人物は、その物音だけで飛び上がるほどに驚いていた。
そのことに、こちらが驚く。
驚くくらいなら、何のために呼んだのだ。
みなとには、そういう意味のない行動が全く理解できない。
「先輩?」
まるで何でもないことのように、日常の続きのように、呼びかける。
罠にかかったのは、彼の方だ、と、みなとは後ろ手で扉を閉めた。
こんなくだらないお遊び、楽しむ気概がないなら手を出すべきじゃなかった。
あの人も、彼も。
「御用は、なんですか」
そう言いながら例のブルーレターを差し出した。
引き継ぐ気はない。突き返す。これまでもずっとそうしてきた。
自分にこれはいらない。
こんなものがあったって、本当に欲しいものなど、手に入らないことを知っているからだ。
「・・・・。」
上条は、何も答えない。
視線を落とし、何かを耐えるように唇をかみしめている。
「・・・・10秒」
「え」
唐突にみなとが発した単語に、上条が伏せたおもてを上げる。
「10秒しか待ちません。用がないなら帰ります」
ためらいなど知ったことではない。
自分に用がないのなら、自分だって彼に用がない。
口に出してカウントダウンをするのは悪趣味極まりないので、みなとは心の中で数をとなえた。
その数がのこり3、となったところで、彼が動く。
みなとの手から少し色の褪せたブルーレターをひったくり、残り1、のところで。
びり、と、二つに裂いたのだ。
「・・・・。」
さすがに、想定外だ。
説明を求めて顔を見る。
そこには、あの日の昏い目などどこにも見当たらなかった。
ほんの少しだけ、傷ついた顔をした、見知った先輩の顔だった。
「ああ、やっと」
安堵の吐息のように、ささやかれる。
「これで君の顔がまともに見れる」
「・・・・・。」
ブルーレターに書かれた命令には、絶対服従。
そんなカードが存在するというジンクス。
それを手にした男は、みなとの身体を欲し、好きにした。
それを知っていて、今、目の前の彼は、・・・・何をした?
「どういうことですか?」
その質問に。
「どうもこうも・・・」
上条は、思いっきり破願した。
「最初に、もどっただけだよ」
「・・・。」
「ただ、それだけだ」
沈黙が、落ちる。
「カッコつける気はないよ。何度も何度も、卑怯な使い方をしてしまおうと思ったんだがね」
言葉とは裏腹に、いつもの笑顔だ。
いつも通りの、あの日々のまま、彼は笑った。
「やぁ、やっぱりきみは、正面から見ても格別だねっ!」
「・・・・・・。」
みなとは多分、笑っていたのだと思う。
「・・・また、そんなキモイこと言って」
そう、悪態をつきながら。
笑っていたのだ。
それを見て、上条がまぶしそうに目を細めたのだから。
「さぁてみなとくん!万が一の可能性に賭けて問うのだけれど」
わざと道化のような、それはいつものあの日々の通りに、どこまでもふざけすぎて本気とは伝わりにくい、でも告げずにはいられない傷つきやすい恋を隠しながら、上条は告げる。
「そろそろ、私の恋人になってはくれないかね?」
「はい」
即答だった。
息を吐くより早く、みなとが答える。
沈黙が落ちる。
「・・・・・ええと、その、はい、というのは、・・・どっちの?」
「お受けします」
きっぱりと、答えた。
「・・・・・え」
上条の表情から、笑みがひきつりながら退散する。
「・・・・ええ・・・?」
その笑顔をすべて吸い取ったかのように、今度はみなとが満面の笑みを咲かせた。
「先輩の、恋人になります」
「・・・・・・!?」
上条の表情を見て、この教室を開けた時と、結局、似たような感想を持った。
驚くくらいなら。
告白なんかしなきゃいいのに。
「や、その、ええと、・・・みなとくん・・・?」
なぜか後ずさる上条に、にっこりと笑うみなとが一歩迫る。
「はい、先輩」
ああ、なぜだろう、笑いが止まらない。
みなとは自分の感情がほとばしって止まらないのを、どこか不思議に思いつつ、『先輩』に近づいた。
呼吸も聞こえるほどの距離で見つめ、究極に愛らしく見える角度をわざと作り、にっこりと、見上げてから。
そっとその唇に、熱を重ねた。
「・・・・・っ」
こわばったのは一瞬。
けれど反射的に伸ばされた手が、みなとの背中に回された時。
いたずらのようだった口づけは、深さと熱を増していた。
ぎゅうっと抱きしめられ、けれどそれが嫌じゃないことに、自分でも意外に思った。
「恋人に、なってくれるんだね」
確かめるように問われたが、もう言葉を返す気はなかった。
笑顔と口づけを、ただ捧げる。