大乗の菩薩とは何か 6

2015年04月24日 | 仏教・宗教

 菩薩が目指す国は、現代的に言えば完璧な「超福祉国家」です。

 それも外側の制度的な条件だけでなく、個人の人生の質(クォリティ・オヴ・ライフ)も自然との調和も考慮に入れた、すべての生きとし生けるものが幸せに暮らせる国なのです。

 第二十二願では超長寿社会に、二十三願では国民全体が外面的にも美しい国にしたい、第二十四願では、言うまでもなく国民全体が内面的にも美しい国にしたい、第二十五願では精神的な病も身体的な病もすべて癒される国にしたい、と語られています。
 

 ただ、第二十一願は、四季の巡りが美しい国日本に生まれた私たちにはピンと来ませんが、激しい暑さ、長い雨季というインドの風土では、常春の国が理想とされたのは理解できないことはありません。いずれにせよ、自然の営みと人間の営みが調和した世界にしたいということでしょう。

 現代日本人の常識からすれば、まったく不可能に思える、絵に描いた餅のような理想に見えるかもしれませんし、また常識=分別知からすれば当然そうなるでしょう。

 しかし、菩薩がそうした理想を描くことができるのは宇宙の一切の本来あるべき姿を知る智慧を身に付けつつあるからなのです。



 〔第二十一願〕

 また次にスブーティよ、菩薩摩訶薩が六波羅蜜を実践する時、日月・季節・年があるのを見たならば、まさにこのような願を立てるべきである。私が仏になった時には、私の国土の中にはが日月・季節・年がないようにしようと。そうすることで、一切の相を知る智慧に近づくことができるのである。

 復次に須菩提、菩薩摩訶薩六波羅蜜を行ずる時、日月・時節・歳數有るを見て、當に是の願を作すべし。我れ佛と作る時、我が國土中に日月・時節・歳數の名有ること無からしめんと。乃至一切種智に近づく。

 〔第二十二願〕

 また次にスブーティよ、菩薩摩訶薩が六波羅蜜を実践する時、衆生が短命であるのを見たならば、まさにこのような願を立てるべきである。私が仏になった時には、私の国土の中の衆生を寿命が無限であるようにしようと。そうすることで、一切の相を知る智慧に近づくことができるのである。

 復次に須菩提、菩薩摩訶薩六波羅蜜を行ずる時、衆生の短命を見て、當に是の願を作すべし。我れ佛と作る時、我が國土中の衆生をして壽命無量劫ならしめんと。乃至一切種智に近づく。

 〔第二十三願〕

 また次にスブーティよ、菩薩摩訶薩が六波羅蜜を実践する時、衆生に〔仏の特徴である〕よい相がないことを見たならば、まさにこのような願を立てるべきである。私が仏になった時には、私の国土の中の衆生にはみな三十二の相が実現するようにしようと。そうすることで、一切の相を知る智慧に近づくことができるのである。

 復次に須菩提、菩薩摩訶薩六波羅蜜を行ずる時、衆生に相好有ること無きを見て、當に是の願を作すべし。我れ佛と作る時、我が國土中の衆生をして皆三十二相成就すること有らしめんと。乃至一切種智に近づく。

 〔第二十四願〕

 また次にスブーティよ、菩薩摩訶薩が六波羅蜜を実践する時、衆生が諸々の善の機能から離れているのを見たならば、まさにこのような願を立てるべきである。私が仏になった時には、私の国土の中の衆生に諸々の善の機能を完成させ、この善の機能によって諸々の仏を供養させようと。そうすることで、一切の相を知る智慧に近づくことができるのである。

 復次に須菩提、菩薩摩訶薩六波羅蜜を行ずる時、衆生の諸善根を離るるを見て、當に是の願を作すべし。我れ佛と作る時、我が國土中の衆生をして諸善根成就し、是の善根を以て能く諸佛を供養せしめんと。乃至一切種智に近づく。


 〔第二十五願〕

 また次にスブーティよ、菩薩摩訶薩が六波羅蜜を実践する時、衆生に三つの毒(貪・瞋・癡)・四つの病があるのを見たならば、まさにこのような願を立てるべきである。私が仏になった時には、私の国土の中の衆生には四種の病、すなわち冷たさによる病、熱による病、風による病、三種類の混ざった病および三毒による病がないようにしようと。そうすることで、一切の相を知る智慧に近づくことができるのである。

 復次に須菩提、菩薩摩訶薩六波羅蜜を行ずる時、衆生に三毒・四病有あるを見て、當に是の願を作すべし。我れ佛と作る時、我が國土の衆生をして四種病、冷熱風病、三種雜病及び三毒病無からしめんと。乃至一切種智に近づく。




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