2018年03月23日
親善試合:日本対カメルーン その4 切り裂く
羽奈は練習用のジャージに着替えてベンチに戻る。
ベンチの一番端に座る聖がニコニコ笑って手招きをするので、そちらに行くと軽く抱き締められた。
「良かったわよ。課題もクリアね」
聖は嬉しそうに笑うが羽奈は曖昧な笑顔で返した。
その時、大歓声と共に後半開始を告げる笛が甲高い音を奏でた。
センターサークルで松風かなえがボールを触り、日比野あすみが真後ろに蹴りだす。
最終ラインの西園寺玲華までボールが戻る。
かなえ、あすみのひらがなコンビが前線に走る。そしてセンターラインの風見真琴も猛ダッシュでカメルーン陣内に走り込んでいた。
玲華はDFラインでボールを回しながら少しづつ前に出てコンパクトな陣形を作る。
だが、そこにカメルーンの前線選手のチェック。
玲華は突っ込む選手をいなしながら横パス。
受けた左サイド近藤榛名がトラップした時、ふたりのカメルーン選手が榛名を囲い込んだ。
「狙われた！」
ベンチで交代した神崎理恵が叫んだ。
3バックのうち、足下のテクニックに若干不安のあった榛名が孤立した状態を、そして試合開始直後をカメルーンは狙ったのだ。
「戻して！」
藤田みのりがフォローに入りながら大きな声を出し、榛名は慌てながら後ろを向いてGKにバックパスを出そうと右足を振ったがその軌道にカメルーン選手の足が入る。
ボールは弾かれて榛名の真横に転がる。
それをカメルーン選手が確保、一気に日本ゴールに向かってドリブル。
榛名は青い顔をして後ろ姿を追い、みのりも斜め後ろから追撃。玲華、そして逆サイドの木曾崎佳乃はやはりゴール前に走るカメルーン選手を見ながら寄せる動きで下がる。
「くっ！」
みのりが斜め後ろからスライディングタックル。しかしカメルーン選手はジャンプしながらそれをかわす。
玲華がそれを見てそちらに向かう。
その瞬間、玲華の頭を越えるループパス。
中央に走り込むカメルーンの黒い選手は佳乃と肩をぶつけながら前に出る。
ペナルティ・エリアに入るー
「どっりゃああああああ！」
浮いたボールと選手の間に入るのは黄色いGKジャージの芹澤鈴香。
ジャンプしながら軌道に飛び込み頭でボールを弾き飛ばした。
弾かれたセカンドボールは下がった鷹取うららが確保。そこにもカメルーン選手が殺到するが、うららは冷静にサイドの清水洋子にパス。
そこから佳乃と繋いで試合を落ち着かせた。
「ありがとう、助かった！」
「気にすんな！でも横パスは安全第一だぜっ！」
「え、ええわかった」
玲華と鈴香の会話がベンチの聖の耳にも届いてくる。
この代表合宿で一番成長したのは間違いなく鈴香だろう。
GKコーチであるポーレットに言わせれば、今回選出された3人のGKに技術的な差は殆どないと言う。
あるのは経験と、精神的なもの。
全ての守備の根幹を成すGKであるからこそ、精神の強さがそのままチームの守備の強さに直結する。
鈴香は合宿の最初はこんなに声も出ていなかったし、代表副キャプテンで世界的にも認められているDFリーダーの玲華にあのように指示も出来なかった。
それが今はどうか。
エリアから飛び出すことに躊躇しない積極的な守備に玲華にも容赦ない叱責も飛ばせるようになった。
何が彼女を大きく変えたのか？
「…顔がボコボコになったのが関係してるのかしらね…」
聖は誰にも聞こえない声でぼそりと呟いた。
鈴香からハンドスローでみのりの足下へ。
みのりはボールをトラップしてルックアップ。
既にカメルーン選手たちは自陣深く下がって亀のような守備を構築。
前半と同じようにカウンター狙いに戦術を戻しているようだ。
みのりは右足を大きく振りかぶって前に蹴りだした。
ボールはぐんぐん伸びて、中盤を飛び越えて前線へ。
下がりきったカメルーン守備陣だからこそ、前線部分にもスペースが生まれている。
ボールはペナルティ・エリア手前で真琴の足下に収まった。
エリア内は黒いライオンたちが集まっている。
真琴はにこりと笑うとそのエリア内にドリブルで突っ込んだ。
黒いライオンたちが牙を剥いて真琴に襲いかかる。
真琴はその牙をひとつ、またひとつと軽やかにかわす。
3つ目の牙をかわしたとき、真琴の目の前にはカメルーンゴールと、GKだけだった。
飛び込むGKを反転しながらかわし、ヒールキック。
ボールはゆったりと転がってカメルーンゴールに収まった。
一瞬の静寂の後、ゴールを告げる笛の音と、思い出したような大歓声がスタジアムを包み込んだ。
後半7分の事だった。
fantasy_girls at 16:08│Comments(0)│エンジェル・イレブン編
