意思による楽観のための読書日記

転換期の日本へ ジョン・ダワー、ガバン・マコーマック *****

「敗北を抱きしめて」「吉田茂とその時代」などで著名な日本近代史を専門とするジョン・ダワーと、「米国の抱擁とアジアの孤立ー属国」の著者で東アジア現代史を専門とするガバン・マコーマックの2013年発刊の共著。ダワーはサンフランシスコ講和条約の矛盾を沖縄、領土問題、米軍基地、再軍備、歴史問題、核の傘、中国と日本の脱亜、従属的独立の視点から解説する。マコーミックはサンフランシスコ講和条約体制が日本の属国化を産んだとして、沖縄問題、八重山諸島と与那国島への自衛隊招致問題、尖閣諸島問題を解説する。いずれの指摘も日本人読者からすれば耳の痛い話であり、分かっているようで曖昧にしてきたポイントを解説されていて「やっぱりそうなのか」と思う問題が多い。ちょうど今月日本政府が発表した安倍談話を米国や欧州の歴史学者から見るとどのように見えるかという一端を垣間見ることができる。現在の自民党政権が主張する日本の歴史認識がいかに内向きであるかをじっくりと観察されているようでイライラもする。

日本は文書として残っている2000年の歴史を通して文字や宗教、哲学や芸術までも非常に多くのことを西の大国である中国から学んでいる一方で、白村江の戦い、元寇以降、中国からの支配を拒絶し、太閤秀吉や日中戦争時には逆に大陸にまで攻め入ってきた。そして直近の70年は遠く太平洋を挟んだ東の大国であるアメリカと安保条約などで手を結んでいる。本書で問題となっているのはその直近の100年程度の話である。まずはダワー氏の解説から。

サンフランシスコ講和条約は1951年、日本と48の連合国とで署名された条約で日本が独立を回復する条件が規定された。その時点で日本はまだ占領下にあり、米ソは冷戦下、中国は共産党政権発足直後、朝鮮戦争まっただ中であった。48カ国のなかに含まれなかった主要な国としてソ連(参加国だったが不署名)、中国、朝鮮、台湾があり、そのことが今も領土問題、歴史認識問題として日中、日韓、日台、日ロ二国間でいがみ合う原因となっている。今に続く日米安保条約も同時に締結され、日本はアメリカに場所的、時間的制約なく基地を提供する土台となる約束をした。日本が近隣の中国、ソ連、南北朝鮮、台湾と緊張関係を継続することはアメリカが日本列島のすべての地域に基地を置き続ける日本国民への説明として合理的で格好の理由となるのである。条約内容自体は日本と国民に取って懲罰的ではなかったものの、サンフランシスコ講和条約がもたらした近隣諸国との関係は多くの負の遺産として現在も生き続けている。沖縄への基地設置継続は、沖縄がアメリカ軍の軍事拠点として朝鮮戦争以降、ベトナム、中東その他の世界の紛争地域へ爆撃機や輸送機を飛び立たせるキーストーンとなり、沖縄県民にとっても負の遺産の一つとして現在も大きな問題となっている。

現在も継続する5つの領土問題、北方領土、竹島、尖閣諸島、台湾、南沙諸島、これらはすべてアメリカが意図的に曖昧にし条約外に留保してきたために現在に至る問題である、とダワーは指摘する。共産主義封じ込めのためにはこのような緊張関係を日本と関係各国の間に生じさせ継続せしめることがアメリカの政策上有効であるとの判断があったというのである。1956年に日ソ両国は2島返還で合意しかけたが、時のダレス国務長官は重光外相に圧力をかけ、「このような合意をするなら琉球諸島も同様にアメリカの主権が継続すると主張するがそれでいいのか」と恫喝したという。

米軍基地、当初それには三つの意味があったという。一つは対共産勢力へのプレゼンス、2つ目は日本が軍国主義的な動きを見せた時への備え、3つ目に外部勢力からの日本防衛。現在における最大の意義はアメリカの世界戦略に日本が他の選択肢なく加わることになるという点であり、アメリカが日本における安保論議、集団的自衛権行使を歓迎する最大の理由である。朝鮮戦争への日本の参画をダレス長官が日本に要請した際に時の吉田茂総理が平和憲法を盾に断ったが、憲法解釈を変えることができるのなら、自衛隊による自衛権行使がアメリカ軍と共同での作戦にまで拡大すれば今後の米による戦闘活動に実質的な貢献を強いられることは逆らい難い圧力になるだろう、と指摘。

サンフランシスコ講和条約には日本の侵略行為で最も被害を被った中国と朝鮮が含まれなかったため、731部隊による人体実験、女性拉致と慰安婦問題、虐殺などの戦争犯罪などの戦争犯罪条項は条約には含まれなかった。このことが戦後の戦争犯罪者や政治家復活への道を開いてしまった。靖国神社参拝が政治問題になるのは1978年に行われたA級戦犯の合祀以降ではあるが、靖国神社が天皇のため、国のために戦った日本人の霊のみをまつり、特に帝国日本軍がおこなった侵略行為を正当化するような展示や説明をその場所で行っていることが諸外国からの反発を見る原因である。日本政府が発する見解に謝罪やお詫びが含まれていても、それを否定するような発言を主要な政治家が繰り返すことが諸外国からの疑念を生んでいることを日本国民は知る必要がある。

日米安保条約は日本がアメリカの「核の傘」にはいることを意味する。一方で日本では核廃絶運動が進められ唯一の被爆国としてNPT(核不拡散条約)推進、非核三原則などが国策として進められているが、この二つは大きな矛盾である。アメリカの基地に核兵器が持ち込まれていることは多くの文書や証言(1960年安保条約の付属文書、1972年の沖縄返還協定)が裏付けており、「表面上は非核三原則、NPT推進していても、日本政府は米軍による核持ち込みについては見て見ぬふりする」という日米政治家同士の裏合意もある。

アメリカが日中両国離反をさせるためにつけ込んだのが、日本の脱亜意識であったという。中国は1840年のアヘン戦争以降欧米諸国との間に不平等条約を締結させられ収奪にあってきた。日本は資源が少なかったため欧米からの収奪の対象とはみなされず、日清戦争では戦勝国として台湾を手に入れ、これを起点に1945年に敗北するまで中国からの収奪を継続した。サンフランシスコ講和条約は1895年以降に日本が獲得した権益を元の持ち主に返還するとされた出発点が日清戦争であった。しかし中国はサンフランシスコ講和条約の対象国とされず、台湾が正式に国際連合に認められるという屈辱も味わう。アメリカ政府は日本が脱亜の意識を持ち、中国がこのような歴史的不満を抱き続けている点に着目、米中国交回復時に日米安全保障条約の意味を「米中価値観は共通部分がもてるが、日本の指導者はともすれば部族的であり、急激な国家主義者台頭の危険性があり、米軍駐留は日本の軍国主義復活への対応策である」として中国指導者を説得したという。

日本はいまでも世界第三位の経済大国であり立派な独立国であるが、アメリカとの従属的関係を継続する限りは世界的にはアメリカの従属国とみなされ続ける。しかしサンフランシスコ講和条約が定義した体制を脱しなければこの従属関係は継続する。日本の多くの保守的政治家は日米安保体制の維持継続を主張しているが、ナショナリストたちが明治以降に日本が犯してきた侵略行為や残虐行為を矮小化しようとして日本の一部の有権者の支持は取り付けても、それは世界からの尊敬を勝ち取ることには逆効果となっている。一方、日本の左翼は伝統的に日米安保条約に反対、日本の侵略行為を認めて謝罪すべきとしてきているが、サンフランシスコ講和条約て規定された体制をどのようにしたいのかは明確ではない。日本が「普通の国」になるべく再軍備を果たしてもアメリカとの軍事関係が継続する限りその世界戦略から逃れることはできないし、世界情勢の変化に対応してアメリカの政策が変更されることに日本の政治家は翻弄され続けることになる。

マコーマックの解説も同様の視点。日本が現在陥っている多くの外交問題や歴史認識問題はサンフランシスコ講和条約が生んだ根本的問題であり、現在のようなアメリカの「属国」状態で根本的解決は見られないだろう、というもの。多くの日本人が日米安全保障条約の継続を支持している状況で、沖縄の基地問題解決は前進しないだろうと指摘。日本では国賊呼ばわりされた鳩山元総理、アメリカからは邪魔な存在とされすぐに政権から降ろされたが、彼が主張しようとしたような努力を日本の政治家たちがしない限りは根本的解決はない、という。

それではどうすればいいのだろうか。「普通の国」「美しい日本」などという抽象的なビジョンではない、具体的な世界に向けた日本のあり方、他国、特に近隣アジア諸国にも信頼されうる国のビジョンを示すのは容易では無いだろう。サンフランシスコ講和条約で定義された体制に代わる体制案など今となっては誰かが提示できるはずもない。そして現存するのは日本国憲法と日米安保条約である。1972年の日中両国の平和条約交渉で周恩来首相と田中首相により両国合意で棚上げされたはずの尖閣諸島問題を「両国間に領土問題は存在しない」などと言い続けるようでは問題は後退し続けるばかりであろう。日露戦争後に日本が一方的に領土化宣言をした竹島についても、サンフランシスコ講和条約に厳密に従うとすれば、韓国の主張にも一定の理があり耳を傾ける必要があるはずである。満州事変や日中戦争が「侵略」だった、ということを歴史家の判断に委ねてしまう政治家を信用することは私にはできない。幸い日本は民主的国家であり、国民の投票によって国会の政治家を選ぶことができるはず。政治家でもない国民が最低限できることは、信頼出来ない政治家に投票しないこと、さらにはしっかりと歴史を学び、自分の考えを持つこと、そしてできれば自分の主張をまとめて表明することであろう。

8月には多くのテレビ番組が戦争特番放送をしてくれて考える機会やヒントをくれる。「知らないことは罪なこと」、平和な日本国民として深く認識すべきであろう。


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