ややこしくさせている原因を考える。 | カタル・ノ・ダ

カタル・ノ・ダ

40歳でアーティストになったねずみっ子が、ぼそぼそカタル・ブログ。
愛娘犬のシェルティのニナちゃんと、12歳下のフランス人天使と一緒にパリの端で暮らしています。

2ヶ月間臨時職員をしていた、某アート系専門学校と何度もやり取りをしている。

 

契約社員の雇用形態で、契約がきれる際に「契約が終わりましたよ」という証明の書類を、雇用側である専門学校が出さなければならない。

 

のだが、雇用期間終了から2ヶ月経った今も出してくれない!

 

さらに、給料の支払いもメチャクチャ遅れられたという!

 

こちらから何も言わなければ、支払われなかったと思う。

 

 

ふぅ。

 

 

で、もう1つ。

 

ダーの銀行口座の件で、また公証人の手違いで手続きが延びてる。

 

今は弁護士にも間に入ってもらってるが、もう期間は延びるし費用はかさむしで、たまに涙が出てくる。

 

もう、いい加減にして欲しい。

 

そんなこんなで、別の件やら諸々、頭が痛くなる事が何個も重なっている。

 

 

「システムが面倒だから」

 

とか

 

「手続きがややこしいから」

 

ではない。

 

 

やらなければいけない人が決められて事をやらないだけ。

 

それだけで、全てが面倒な事になる。

 

 

で、ワシ、最近本当に気がついた。

 

全ての面倒な事は「人災」だと。

 

人が状況をややこしくしている。

 

もっともっと、素直に考えて行動すれば、物事はスムーズにいくはず。

 

他人がこねくり回した状況をひもときながら、そんな事を考えている。

 

 

もっと素直に素直に突撃しなければ。

 

分からない事は素直に聞く、

 

嫌だと感じたら、「嫌だと感じたから」と断る、

 

どんなに理不尽な事をされても、自分はぶれた事をしない、

 

などなど。

 

 

素直でいるって、ぶれないって、結構難しい。

 

でも、それらを難しいと感じるのは、結局、ワシ自身が物事を複雑にしているからかもしれない。

 

 

なんて、考えてたら、ふと、ダーを思い出した。

 

 

ダーは完全直撃タイプで、白と黒しかなく、分からない事は「なぜ?」と分かるまで問い詰め、相手がうやむやにしようとしてもどこまでもどこまでも追いつめ、融通という言葉が無いほど芯が全くぶれていなかった。

 

ある意味、人生ずっとこれで突き抜けてきたかと思うと、凄まじい。

 

あまりの強烈なダーの性格に、周囲の人々から「ねずみっ子、よくぞダーと11年も添い遂げたと」と賞賛を頂いている。

 

多分、ぶれっぶれで、人生ごまかしながら生きてきた、テキトー人間のワシだからこそできたのかもしれない。

 

そんないい加減なワシが、少しずつではあるけれど、ダーの考え方に・・・方角的に向かっているような気がする。

 

うむ、これは、まさしくダーがワシの中で生き続けているという証だな。

 

 

そんなダーが永遠の旅に出てから、もうすぐで3年の夏がくる。

 

早いなぁ・・・。