政治の世界も陰陽のバランスで回る。 | ”秋山なお”の美粒ブログ

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 世の中は、なぜか、陰陽がある。プラスとマイナス、男と女、正と反とがある。たとえば、二大政党性ならば、自民党的が、男的であるなら、民進党は、女的である。あくまでも、イメージであるから、それがどうのこうのいうわけではない。もちろん、自民党の中にも、女的なものがある。そして、自民党と連立を組んでいる公明党は、女的である。民進党もまたおなじであり、その中には男的なものもある。そして、共産党は、男的である。政党を右と左でなく、その行動パターンで、くくれば、自民党と共産党は男的であり、民進党と公明党は女的である。小池都知事率いる都民ファーストも女的である。

 

 

 自民党の中で、一番男的なのは、安倍首相率いるグループであり、一番、共産党の思考バターンに近いはずである。世の中は、必ず、陰陽がまじりあって、成り立つ。100%男的ではつぶれ、100%女的でもつぶれる。だから、公明党が、自民党と連立を組むのは、筋がとおっている。自民党の暴走を食い止めるという考えは、それなりに正しい。その趣旨からいえば、民進党に必要なのは、男的な要素なのである。それから、いえば、共産党と連携するのが、賢い道である。政策や考え方の一致が原則という寝ぼけたことをいっていると、永遠に民進党は政権などとれない。民進党の前原代表は、共産党は、白アリだと、かつていったが、白アリに食われるような体質、それ自身が問題で、政治においては、数が力、政治においては、いつの世でも、権力闘争が、すべてなのである。己が信じる義や善の世界を実現するためのパワーゲームなのである。それが、国民から支持を得られなくなれば、ただ、消えるだけである。それが、政治である。それをわかって、政治家になったのであるから、懐を大きくしなければ、総理大臣などなれない。

 

 

 公明党や共産党はなぜ強いか、ともに、イデオロギー集団だからである。その思想の根本は言葉である。本来は、公明党と共産党こそ、一番、近い政治集団である。世のためには、手を結ぶのがいいのだが、その根本にある言葉がちがうために、相手をうけいれることは、難しい。自分を否定することになりかねないという恐れが働くからである。しかし、心の底では、何かしらのシンパシーは共に働いているはずである。

 

 

 民進党の前原代表は、何を恐れているのだろうか。この日本では、共産党一党では、政権はとれない。なぜなら、公明党がいるからである。公明党もまた、おなじである。公明党一党だけでも、政権はとれない。共産党がいるからである。二大政党制を模索するなら、公明党か共産党と、どちらかと連携するしかない。公明党の支持母体創価学会と、共産党を支援する民生民商組織、たぶん、日本では、拮抗しているはずである。しかし、それは、どうしても、根本に言葉がある以上、マジョリティにはなりえない。共産党や公明党が、一党独裁になるためには、武力クーデターしかありえない。しかし、それは不可能なはなし。だから、何も、本来は恐れることはない。恐れるのはただひとつ、己の政策に自信がないからである。

 

 

 政治とは、権力闘争である。しかし、そこに、大義がなければ、必ず、まける。なぜかしらないが、天の動きが必ずある。それは、大衆の無意識の選択なのである。大義のあるところ、つまり、多くの人が求める所、それが、無意識の選択になる。それが、世論を形成する。今の世界であれば、無党派層の無意識の動きなのである。それに逆らえば、必ずまける。それに、あえば、かならず、うごく。小池都知事や都民ファーストが勝ったのは、その流れがあったからである。小池都知事の個人的なパワーで動かせるところは、今の所、東京だけであり、それだけでもすごいことだが、たぶん、小池都知事が、知事をやめて、新たな政党の代表として、戦わない限り、全国区的にはなりたたない。小池都知事の代わりになる千両役者は、他にはいない。虎の威を借りる狐としか映らない。

 

 

 それにしても、安倍首相は、権力の魔力に心、奪われたのだろうか。よほど、北朝鮮が気に入らないのだろうか、自分が信じた義で、北朝鮮をなんとかしようとおもっているのだろうか。同じ民族が力をあわせ、世界平和を模索するのが、一番いい。南北分断ではなく、祖国を平和的に統一するのが、やはり理想である。そして、日本人として、北朝鮮に拉致されて幽閉されている日本人を早くとり戻すことである。安倍首相に、いい知恵があればいいが、なければ、いい知恵がある人と、変わった方がいい。アメリカ一辺倒ではなく、中国やロシアにも、一目置かれる国でなければ、日本は、再び黒船来航以前の国になる。

 

 

 安倍首相が、解散し総選挙する、という情報を、塀の中にいる籠池夫妻が聞いたら、どんな思いがするだろうか。森友・加計学園、疑惑隠し、そのものだと、きっと吠えたことだろう。しかし、夫妻は、国家権力の塀の中にいて、自由に声を発信できない。雑音が入らなうちと、おもって解散するなら、とんでもない話である。籠池夫妻にとって、安倍首相は何だったのかと思っているはず。首相を信じたばかりに、とんだ目にあった。ある意味、自業自得の面もあるが、それにしても、得るものよりも、失う方がはるかに大きい。あそこまで、安倍首相を信じなければ、そこそこ、やっていれば、逮捕されることはなく、それなりの人生を送っていたはずである。安倍夫人は、その意図はなくても、結果的に、罪作りなことをしたと思う。本人は、良かれとおもったことでも、それが、行き過ぎれば、害になる。

 

 

 安倍首相にも、どこかで、引退がくるし、命の終わりがくる。そろそろ、身を引く準備をした方がいいような気がする。長いことやっていると、やはり、よどみがでてくる。慢心がでてくる。引き際を間違えると、戦前の二の舞を踏むことになりかねない。要注意である。若い人には50年60年の未来がある。生い先短い爺さんのエゴよりは、若い人の未来を最優先にすべきである。