見切り発車〜知られざる医者独特の心理 | 医療とバレーボールとアメリカ留学記

医療とバレーボールとアメリカ留学記

2016年5月9日からアメリカオハイオ州のオハイオ州立大学に留学することとなりました。日本では埼玉の大学病院でリウマチ膠原病内科医をしていました。冨永こよみ選手を中心に上尾メディックスを応援しております。これからは基本的には留学中の日記が主となります。

ご存じの方も多いと思うが、先日こういうニュースがあった。

禁止造影剤を「知らずに投与」患者死亡
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140418/k10013855121000.html

医療事故に関するニュースは世間に与える影響が非常に大きい反面、的確に内容を理解しないと、いたずらに怒りと不安だけが残ってしまうこともあり、世間も医療関係者の意見を聞いてみたいという要望はきっとあると思うので、(バレーボールのネタが尽きてきたこともあり)これからも気になるニュースがあったら私なりの考えについては積極的に発信していきたいと思っています。


このニュースの概略はこう。

腰痛を主訴とする78歳の女性が脊柱管狭窄症という、腰骨の中が狭くなり中の神経が圧迫されて腰痛を引き起こす病気の診断および治療方針決定のため脊髄造影検査という検査が行われた。

脊髄造影検査は腰から背骨と背骨の間の空間に針を入れて造影剤を入れてCTを撮影することで、どこの場所が狭くなり、どの神経が圧迫されているかを確認する検査。

この検査を卒後5年目の整形外科医が施行することとなった。

ちなみに上級医なしでこの検査を施行することは始めてだったとのこと。

検査が終わって30分後に突然患者さんは痙攣を引き起こし意識を失い心肺停止状態となった。

救命措置が施されたが約4時間後に死亡確認となった。

その原因として、本来脊髄造影検査では禁忌とされているウログラフィンという造影剤が使用されたことが考えられた。

それに対して担当医はこの造影剤が脊髄造影の時に禁忌であったことを知らなかったとのこと。


概要はこんな感じ。

こういうニュースを見た時に我々医者がまず考えることは、もし自分がその立場だったらミスが防げたかということ。

これはおそらく全ての医者がまず考えることだと思う。

医療事故は全く他人事ではない。

私は整形外科医ではなく脊髄造影検査をすることはないのだが、自分なりにその時の状況を想像し、自分だったらどうかを考えてみた。


この状況については私は直に現場を見た訳ではないのであくまで想像だが、おそらく現場は壮絶な修羅場だったと思われる。

検査終了30分後はおそらく病棟に戻っていたものと想像する。

病棟は整形外科病棟だが、一般的に整形外科は急変が少ない科なので、急変対応にはそれほど慣れていないものと思われる。

しかも、誰もが急変を予測しない患者さんの急変。病棟は大混乱になり、おそらくアージェントコールの全館放送がなされ、病院中から多くの医者が応援に駆けつけたものと思われる。

状況から明らかに検査が原因の急変と想定されたため、当事者である5年目の医師は相当苦しい立場だったと思う。

その間に家族への対応も行ったものと思われるが、当然予期せぬ自体に大混乱となったのは容易に想像つく。

そして何よりもまだ先のある患者さんの命が失われたという現実。

我々はそんな凄まじい状況を想像し、そういう事故が今後も起きないようにするために、そして自分が間違ってもその立場にならないように、冷静に問題点を明らかにし明日の診療に生かすことが重要である。


この事故については多分世間では造影剤の禁忌を知らなかったことと、始めての手技に上級医の立ち会いがなかったことを問題視する意見が多いと思う。

それは確かにそうなのだが、私はそれ以外にもっと重要な問題があると考えている。


一般的に5年目くらいの医者はかなりのことが出来るようになっているが、所々に知識の漏れはある。

あくまで推測だが、ウログラフィンは血管造影に使われるだけでなく、整形外科領域では関節造影でも使われるらしい。

もしかしたら、そちらで使った記憶からこの造影剤を使ってしまった可能性がある。

「造影剤は全て同じだと思った」と述べているように、5年目くらいだと、多少思い込みで動いてしまう部分もあり一番事故を起こしやすい時期でもある。

そこを責めるのは簡単だが、実際に事故が起こってしまってはどうしようもないので、そこはスタッフ全体が再発防止のために常に体制の見直しが必要だと思われる。


では自分ならこの事故は防げたか。

この医者が上級医から脊髄造影ではウログラフィンを使用してはいけないことを教わったことがないことは事実であろう。

でも、多分上級医もまさかウログラフィンを使用するとは思わない。

なぜなら、いつもと違う薬を使うということ自体が普通はあり得ないことだから。

指導する立場の心理としては今までと同じことさえすればそれでよいと思う訳であり、それをわざわざ指導しなかったと思う。

でも、初期研修医ならまずそんなことをしないのだが、4-5年目くらいの医者はそういうことをしてしまう一番危険な時期。

関節造影で普通に使っていたので脊髄造影でも使えるだろうというのは、後から行ってしまえばおかしな理屈。

しかし、これは医者独特の心理なのだが、知らないことや分からないにも関わらず「大丈夫だろう」と思って見切り発車するような場面というのは程度の差はあれ多々存在する。

これはあってはならないことだが、ある程度見切り発車しなければ前に進まないことが多い。

こういう独特の医者環境がそうさせたのであろう。

私も思い込みで見切り発車することはゼロではないため、状況次第では同じことを自分も起こしたかもしれない。

私自身も非常に教訓となった事例だと思う。

実際にはチェック体制などについてはおおいに問題があったと思われるため、その対策は徹底されるべきだが、実際にこういうことが起こらないとなかなか体制の改善には結びつかない。

やはり自分の身は自分で守らないといけないようだ。



単純にニュースだけ見ると責めるのは簡単だが、いざこの仕事をしてみると改めて厳しい仕事だと、こういうニュースを見るたびに痛感させられる。


(本日はアメンバー限定記事はありません)




バレーボール ブログランキングへ

  twitterアカウント:@taqman_vmed(タックマン)

アメンバー応募しております!申請の際には自己紹介を御願いします(この記事のコメントでもメッセージでも構いません。まだ数人、申請はありましたが自己紹介がなく承認できないでいますので、よろしく御願いいたします)。

アメンバー限定記事一覧
http://ameblo.jp/taqman/amemberentrylist.html