(あすかいけいせき・あすかいけこうぼういせき)
奈良県立万葉文化館の東棟と西棟をつなぐ通路の下に、その一部が再現されている。
敷地の北側を飛鳥寺に隣接し、南側を飛鳥浄御原宮に近接する。飛鳥の都の中心に位置した生産工房遺跡である。遺跡名称は近世に築造された溜池「飛鳥池」の地底下から発見されたことに由来する。
発掘調査の結果、次のような内容が判明した。
  • 遺跡は北半部と南半部の2地区に分かれる
  • 北半部は官衙(かんが)風の大規模建築や導水路、方形池などが設けられた工房群の管理地区
  • 南半部は地形がテラス状に造成された上、掘立柱建物や多数の炉が設けられた工房地区
北半部からは大きな溝や池があり、池で汚物を沈殿させてから排水する仕組みがあったとされている。
南半部の工房地区からは金・銀・銅・鉄を素材とした人形、針、飾り金具などの金属加工品、ガラス・水晶・琥珀などの玉類、漆芸品や鼈甲(べっこう)細工品など多様な製品とその製作用具が出土している。
とりわけ、国内最古の鋳造貨幣「富本銭(ふほんせん)」の生産も確認されるなど、7世紀後半から8世紀初頭の総合的官営工房であったことが明らかになった。
また、北半部から大量に出土した木簡の中には、天皇、皇族、宮殿に係る「天皇木簡」をはじめ、飛鳥寺など古代寺院に係るものが存在し、天武・持統朝期における律令国家成立期の真相に迫る豊富な情報を提供している。
飛鳥池遺跡は、天皇の宮廷生活や相次ぐ寺院の造営など国家の要請に大きな役割を果たした古代を代表する生産拠点施設であった。
再現された飛鳥池遺跡(北半部)
再現された飛鳥池遺跡(北半部)
再現された飛鳥池遺跡(南半部)
再現された飛鳥池遺跡(南半部)

富本銭
古くから奈良県や長野県でみつかっていたが、まじないのための厭勝銭(えんしょうせん)と考えられてきた。しかし、飛鳥池遺跡からは銅を流し込んだ部分である鋳棹(いさお)や削り残しである鋳張りのついた富本銭をはじめ、鋳型や仕上げのためのヤスリや砥石も出土した。
富本銭は直径2.4㎝の銅銭で、唐の開元通宝を模倣して造られたとされている。中央に四角の穴が開き、その上下に中国の『芸分類聚』の「民を富ませる本は食貨に在り」に由来する「富本」の2文字が刻まれている。
『日本書紀』天武天皇12年(683)条に、「今より以後、必ず銅銭を用いよ。銀銭を用いることなかれ」とあり、また、出土した地層から考えて、この銅銭が富本銭であることは間違いないとされている。
奈良時代の貨幣である和同開珎より20年以上も前に鋳造されていたことになる。おそらく、経済活動のために流通させる目的があったと考えられる。
なお、銀銭は、銀の地金を直径3㎝・重さ10g前後に統一してつくった無文銀銭で、富本銭以前から製造されていたとみられる。
富本銭や無文銀銭は奈良文化財研究所都城発掘調査部(飛鳥・藤原地区)などでみることができる。なおウェブではここで見ることができる。
万葉文化館 公式サイト
飛鳥寺の南東、もとは健民グランドや飛鳥池があった場所であり、現在は平成13年(2001)に開館した奈良県立万葉文化館がある。館内の万葉図書・情報室では『万葉集』をはじめとする古代に関する研究書が揃っている。
日本の古代文化の調査・研究機能を担っている万葉古代学研究所や、『万葉集』の和歌を題材にした日本画などの美術作品の展示や模型や映像を使って古代人の生活を再現している万葉ミュージアム、クイズで『万葉集』について知識を得られるような工夫もある。
建物の周辺は、万葉の植物を楽しめる遊歩道もある。
万葉文化館
万葉文化館
通路と下にある飛鳥池遺跡の復元
通路と下にある飛鳥池遺跡の復元
遊歩道(紅葉しはじめ)
遊歩道(紅葉しはじめ)


住所 高市郡明日香村飛鳥10
アクセス 近鉄 橿原神宮前駅 バス飛鳥駅行 「万葉文化館西口」~ 徒歩3分
時間 10:00 ~ 17:30 月曜や年末年始等が休館
費用 常設展は600円(大人)

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