双頭の龍 (2) | 輪廻輪廻

輪廻輪廻

歴史の輪は巡り巡る。

 「そなたの目から見て又太郎はどう見える」

 声の主は又太郎と次郎の父で、足利家現当主の貞氏である。貞氏の乾いた声は愛しい我が子に対するというよりも、器の様子を確かめるかのような硬質なものだった。父の手によって、無理矢理に貞氏の前に引っ張り出された師直は返答に困った。先程、庭で戯れている兄弟をちらりと見かけただけで、特段何かを観察をしていた訳ではないのだ。だが、聞かれた以上、何かを答えなければならない。師直は必死に頭を巡らせた。

「恐れながら、又太郎様は人見知りをなされる方かとお見受け致しました」

 カラカラになった喉を必死に抑えて師直は答えた。緊張のあまり、強張ってしまう自分が情けなかったが、貞氏の前で受け答えをするのは今日が初めてなのだ。いつもは見習いとして、父の後ろで大人しく控えているだけの師直である。意見を述べる事など許された事はなかった。貞氏も平素は、まるで師直の存在が目に入らないかのように接しており、当主というのはそういうものだと思っていた。

 脇息にもたれていた貞氏は、師直の言葉を聞いてかすかに目を見開いた。

「ほう、あれの母親からは、又太郎は人見知りをせぬ子だと聞いていたが」

 その言葉に師直は冷や汗をかいた。思わず顔を上げそうになって、父の鋭い視線を感じる。平伏した頭の中で師直は必死に思い出していた。自分が現れた時、又太郎は驚いて身を固くしたままだった。弟の次郎が現れた後も、又太郎は次郎の陰に隠れたままであり、その様子から察して答えてみたのだが、誤りだったのか。貞氏は今、どんな目で己を見ているのだろう。それが気になって仕方がなかった。

「次郎の方はどうじゃ」

 続けて貞氏が言った。

「次郎様はお気の強いお方だと」

 先ほど己に向けられた敵意の塊のようなきつい眼差しを思い出して答えた。今回の返答には自信があったのだが、

「これは面白い」

 貞氏は喉の奥で笑った。

「次郎は気の弱い子と聞いておったぞ。いつも兄の後ろに隠れてばかりだと」

 師直は全身から力が抜ける思いがした。何を言っても裏目に出てばかりである。それにしても、己が見た印象と実母が見た印象がまるで違うのはどういう訳か。

「殿、愚息は未熟者ゆえ、まったく当てにはなりませぬ」

 父の言葉に師直は俯きながら、まさにその通りだと思った。

「いやいや、そなたの息子は間違ってはおらぬやもしれぬ。身内から見た場合と外から見た場合ではまた違うものよ」

 貞氏はそう言うと、師直に面を上げるよう命じた。師直が恐る恐る顔を上げると、そこには穏やかな目をした貞氏の姿があった。又太郎の面差しによく似た、育ちの良い柔和な雰囲気を漂わせている。纏っている濃い緑の直垂が、日の光を浴びて若草色に輝いていた。

「高義の事は存じておるな」

「はい」

 貞氏の言った高義とは、貞氏と正室の北条氏の娘との間に生まれた嫡男の事である。とうに元服を済ませ家督を継いでいたが、つい先頃、高義は若くして病を得てはかなくなったことで、貞氏は一度高義へ譲った家督を再び継承していた。

「高義亡き今、嫡男は又太郎となろう。だがあれの事は母親まかせで、正直な所よく分からんのだ」

貞氏の言うことはこうである。高義の教育係であった師重と共に、師直も又太郎を鍛え上げて欲しい。嫡男として育てていた訳ではないので甘さもあろう、年の近い側近として導いてやって欲しいとの事であった。