頼義の母(4) | 輪廻輪廻

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歴史の輪は巡り巡る。

 果たして頼信の予感は当たることになる。平忠常は、仇敵の平直方が討伐軍として進軍してくると知ると、徹底抗戦を図った。忠常は先祖からの因縁の相手である直方に、絶対に負けられぬと奮戦をし、房総の地を二年も暴れまわった。いつまで経っても鎮圧できぬ状況に、朝廷はついに直方の更迭を決定、後任として頼信、頼義親子に、忠常討伐の命が下った。

「二年待った甲斐があったな、頼義」

 頼信は子供のように無邪気にはしゃいだ。

「最初から、我らに任せていれば良かったのです」

「それはどうか知らんが、直方殿の奮戦で忠常は虫の息らしい、美味しい所だけ我らで頂くとしようじゃないか」

 頼義は、父の考えに賛同しかねた。やはり、正々堂々と忠常と戦って屈服させたかったという思いが頼義にはある。無駄な戦いを良しとしない父の頼信とその点は相違があった。

 実は、頼信と頼義が関東に下向する前に、密かに直方より、忠常から降伏の意があると伝えられていた。忠常は仇敵に降るのは恥とし、頼信であれば降伏しても良いという。頼信はこれを受け入れ忠常は出家をし、親子ともども降伏した。その後の忠常だが、都へ連行される道中なぜか、美濃国厚見郡で病没している。

かくして、忠常の乱は平定された。朝廷は、頼信に恩賞として美濃守を与え、息子の頼義も小一条院の判官方に補任された。小一条院とは、三条天皇の皇子である敦明親王のことであり、東宮でありながら、藤原道長の圧力に屈し、自ら東宮職を辞した後は、太政天皇級の待遇で悠々自適の生活を送っていた。院は狩りを好み、弓矢の達人であった頼義は重宝された。頼義は院の狩に付き合いながら、忠常の乱平定に関東に下向した時のことを思い出していた。あの時は戦こそなかったものの、野山を駆けていた頃が懐かしかった。

「院、お見事」

 そう院に向かって、褒め契っている男は、平直方である。何の因果か頼義は今、直方とともに小一条院に仕えている。

「頼義殿、ご覧あれ。院が見事な鹿を射止めました」

「お見事でございます」

 頼義は、いつもの様にむすっとした表情で院に賛辞を送った。

「ははは、ちっともそうは思っておらぬ顔だな、無理もあるまい。そなたの腕前に比べたら、我など遠くに及ばぬ」

「いえ、そのようなことは決して」

 頼義は慌てた。

「よい、よい。正直者のそなたを我は気に入っておる。宮中には嘘つきばかりおるからのう」

 そう言って、院は馬を走らせた。直方と頼義もそれを追う。若き日に、道長によって東宮職を追われた院には、思う所があるのだろう。今は道長の娘を娶り、太政天皇級の扱いを受けているとはいえ、政治の中枢からは遠ざけられ、暇を持て余していた。

 頼義には院の気持ちがわかる気がした。自分は父や弟の頼清のように要領良く生きることは出来ない。父は今や美濃守に任命され、有能な弟は藤原頼通の家司として励み、現在は安芸守となって任国に赴いている。どちらも受領として華々しい活躍をしているが、不器用な自分は受領にはなれず、武芸だけを頼りに院に仕えている。しかも、この職も中年期になってやっと手に入れたものである。出世しようなどという気は毛頭ないが、己らしく生きられない苦しみは、頼義には痛い程わかった。

 それから頼義はなお一層、院に熱心に奉仕をし続けた。そんな矢先に、意外な申し出を直方から受けたのである。