もう1年半前の、秋のことになる。

ある学校で教師デビューし、初めて組んだペアの先生は40代前半の女性の方だった。

その方も同時期にその学校に入られたので、その意味ではお互いに初々しかったと思う。

まず3か月、そして次の3か月もご一緒することができた。

本当にいい方で、「大人で」(←意外とこのファクター大切)、その学校に専任で入れるぐらいなので、おそらくキャリア的にも優れていらしたんだと思う。

わたしたちのクラスにある韓国人男子学生がいた。素直で授業中は熱心に授業に励み、語学センスもいい。

ただ、30歳ぐらいで、国ではまあいわゆる、少し古い表現だが、「勝ち組」では全然ないタイプだったんだと思う。

そのうち、アルバイトに精を出し始めた。新大久保の韓国料理屋だったと思う。
仕送りもそろそろ止められたか、少なくなったからだと思う。

そして、欠席が多くなった。おとなしいタイプなので、お店でもいいようにこき使われているようだった。

わたしとしては、このような状態で国へ帰っても、その後の人生になんらプラスにはならないだろう。彼にないのは自信だ。そして今必要なのは、小さな成功体験だ。語学センスもいいし、根が素直な学生だ。いずれお金の問題で帰国することになっても、日本語ができるようになって、クラスでトップにでもなって、そんな小さな成功体験がその後の人生の自信になればいいな、と思っていた。
だから、最低限欠席が多くてビザが出なくなってやむなく帰国、みたいな最後はよくない、と。

ある日、数日欠席したその学生が学校に来たので、ペア専任のところに連れて行った。

彼女は、涙を浮かべて、激しく、熱意を込めて、こう言ったのだ。

『日本語を勉強してください。』 

そして、もう一回、

『日本語を勉強してください。』

そこには、日本語を学ぶことであなたの未来はきっと拓ける、という強い思いが込められていた。

そしてその学生に対する、ある種、「同悲同苦の愛」が。

専任だから、いろんな学生を見てきたと思う。半ばエージェントにだまされるように甘い幻想でやってきた出稼ぎ目的の学生や、国で結果が出せなくて日本でも行くかな、と夢も希望も特になく、モラトリアム状態でやってくる学生をたくさんたくさん見てきただろう。

でも、それでも、日本語を学ぶことで彼らの未来は明るくなる、と信じていた。


その後クラスも変わり、その韓国人の学生に、彼女の思いがどう伝わったかはわからない。

ただ、伝わっても、伝わらなくても、可能性を信じる。

本当に尊敬できるプロの日本語教師でした。


蛇足だけど、彼らが日本語を学んで、そのことがすごく有利に、プラスにはたらくことを願っているので、わたしはいつも、日本という国自体が、ますます繁栄し、時にアジアのリ-ダ-として毅然とし、強くあることを祈っているのでした。
(そりゃそうでしょ、国力が高くない国の言語を学んでも、役には立たないよね。)


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