Fable Enables 68 | ユークリッド空間の音

Fable Enables 68

 怪文書の投げかけた問いにより、怪文書の主はしばらく置いてけ堀にされていた。しかし事の次第が飲み込めた俺は、まさにこの展開が相手の望んだことだったのではないかと察せられた。
 そもそもなぜ相手は「カスミが他の六人を煙に巻いている」と知ることができたのか。
 重要なのは、それが可能な人物が都合三度、同じ能力を使って俺たちの周囲で動いていることである。
 一度目はカスミが円盤の宝玉に触れたとき。
 二度目は怪文書が「一本木」内のテーブルに置かれたとき。
 三度目は言わずもがな、目の前にある体育倉庫にその者がいるという今現在。
 いずれも相手は「瞬間移動」で障碍を乗り越えての移動を可能にしている。
 そして「カスミが他の六人を煙に巻いている」ことを相手が知り得たのは、前述の一度目のとき以外にない。あのとき部屋のドアの外に、こっそりとこちらを窺う者がいたのだ。その者がその場から逃げる際に鉛筆という落し物をしてしまった。
 では、なぜその者はカスミの召喚したバシリスク“蠱毒”の術に嵌まらなかったのか。カスミは用心して建物全体に術を施したはずであるから、部屋の外からこちらを覗き見ても錯視は免れないはず。
 例外が起こったと見る以外にない。
 相手はバシリスクの“蠱毒”が通じない者だったのである。
 だから、カスミが宝玉に触れても何の変化もなかったことを見届けることができ、さらにありもしない光をさもあったかのように騒ぎ立てる俺とナオキとマモルを見届けることもできたのである。
 とまれ、相手は盛りあがっているこちらに水を差すことにした。
 果たして本当に宝玉に反応する七人が集まったのかどうか疑問を投げかけたのである。相手の真の意図はわからないが、恐らくカスミの嘘を糾弾することが主眼なのであろう。相手の意に従い、俺たちは今ここで本当は六人が集まったに過ぎないことを再確認するに至っている。
 では相手は一体誰なのか。俺たちの知っている人間なのか、まったく未知の人間なのか。あるいは人間ならざるものなのか。
 鍵は「バシリスクの幻術が効かない」ことである。
 これまでのことを振り返り、俺はその鍵に対応する鍵穴をすでに見たことがあることに気付いた。カスミは幾度かバシリスクの力を使い、周囲の人間を翻弄していた。その中にあって幻術に惑わされなかった者が確かにいたのである。
 俺はゆるりと一歩を踏み出し、体育倉庫の裏壁に対峙した。
「ひとつ訊きたい」
『何でしょう』
 恐らく真っ暗な密室の中にいるのであろう相手は、それでもこちらの様子がはっきりと見えているかのように、言下に応じた。
 俺は相手の名を告げようと、口を開いた。 

 

 


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