Fable Enables 70 | ユークリッド空間の音

Fable Enables 70

 問題はフウカの素性である。もっと言えば彼女の能力についてのことである。
 彼女が「瞬間移動」できることはほぼ確定になった。それは超能力によるものなのか幻獣によるものなのか、はたまたアインシュタインの相対性理論によるものなのか。
 フウカが『七人の召喚者』ということを知っていたことから推すと、彼女も召喚者である可能性がもっとも高いだろう。
 その高い可能性は、のちの確認により事実へと昇格した。
 フウカの召喚能力は『“縮地”イヅナ』。イヅナとは日本由来の妖怪である。別名クダギツネ。名の由来は指の太さ程度の管に収まっていることにあるらしい。狐憑きの一種だが、有することによって自在に使うことができ、主人の望みに応じて物品を他家から調達したり情報を仕入れたりできるという。“縮地”とは武術や仙術で相手との距離を一瞬で縮めたり長距離を踏破したりすることだが、イヅナの使われる様子がその術に結び付いたのだろう。結果、フウカは途中にある障碍を乗り越えて向こう側に一瞬で移動することができる。密室への侵入という点で充分に頷ける能力である。
 退屈になるだろうが、バシリスクとイヅナの関係に纏わる話を一つ。
 フウカにはカスミの“蠱毒”が通じなかった。その所以である。
 バシリスクは周囲に毒を撒き散らす危険極まりない幻獣とされているが、そのバシリスクにも天敵がいた。それが鏡と雄鶏とイタチである。バシリスクはその視線で相手に毒を与えるが、鏡はそれを撥ね返す力がある。また雄鶏の声はバシリスクが苦手なものとされている。そしてイタチ――イイヅナといわれるイタチの一種は香りの強い薬草を好み、その薬草の匂いがバシリスクを逆に死に至らしめる。
 つまりイヅナはバシリスクの毒を中和・浄化する。
 この幻獣の力関係があったからこそ、この現実の世界でフウカはカスミの術に嵌まることがなかったのである。

 都合八人の流苑高校生がグラウンドの隅に集っている。全員が召喚者だ。
うち六人は円盤の宝玉に反応することが確かめられ、うちひとりは反応しないことが確かめられている。
 もうひとりはどうか。
 誰もがそれを試すことに思い至るはずである。
 唯一、カスミは複雑そうな表情だった。自身は宝玉に反応しないし、あまつさえそのことでみなを謀っていたという負い目があるのだろう。この場にいていいのかという疑問を持っても不思議ではない。俺だって同じ立場ならそう思う。
 それについてはナオキがこう言った。
「思想や所属が違えば同じ輪の中に這入れないという考えは持たない方がいいかもしれないな。先に確かめられた六人については、ユキヤはジェットコースターに乗れないけど他の五人は乗れる。あとふたりが乗れるのならば、そのときにはユキヤが異端者だ。でもそう考える理由はないだろう?」
 こいつ俺の弱味をさらりと曝け出しやがった。
 ナオキの弁に完全に納得したわけではなさそうだったが、ただここを去る理由もなかったのだろう。なし崩し的にカスミは同席することになった。
 夜の運動公園。乏しい明かりの中で、ナオキが円盤を抱えている。
 フウカが紫色の宝玉に手を伸ばす。
 その指が触れると、茫と宝玉が光った。
 今度こそ七人目である。
「揃っちゃったわね」アミが呟いた。
「そうだな」
 揃ったからカラオケにでも行こうという展開は望めない。俺はそれにうべなうしかすべがない。恐らく全員が「そうだな」「そうですね」と心の中で思っているだろうが、そう思うしかすべがないであろう。
「奇跡は起きませんね」
 唯一、ヒビキがそんなことを付け足した。前から思っていたが、ヒビキはおとなしそうに見えて結構な曲者である。
 それに輪をかけて曲者であるナオキは、さらに付け足した。
「まだ起こっていないだけなのかもしれないな」

 


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