私の勤務移動から、半年が経ちました。
やっと仕事を覚え、人並みに動けるようになり、戦力になっていることをようやく感じられるようになった今日この頃。
辛かったなぁー。
じぃばぁの老いの進行による家庭環境の変化。
それに伴う姉との関係の悪化。
そこに重なった私の勤務移動でした。
身体も心も追い付かず、真っ暗な出口のない迷路のようなトンネルに迷い込んだ状態でした。
必死で新しい仕事を覚えようとしても、若い頃とは違い空回りばかり。
人の命を預かる仕事は本当に精神の疲弊が半端じゃない。
その上じぃばぁの命も何度も諦める事態になり、姉との地獄のような戦いの日々で心身ともに疲れていました。
もし退職するとしても半年はかかる現場。
ならば優先するべきは仕事。
それに家のローンや長女の学費、じぃばぁの諸経費の援助、自分の人生のためにも仕事は諦めたくなかった。
2月末の姉とばぁの関係が在宅介護を諦めるきっかけになったけど、今思うと必然だったのかな。
姉が根を上げるのが遅かれ早かれ、私の勤務状況では寝たきりの要介護5になったじぃと、車椅子が欠かせない要介護4になったばぁ二人を在宅介護することは、無理だったのだろうな。
でも正直、まだ頑張りたかった。
在宅事業者さん達には申し訳ないけど、限界と思えるサービスをもっと駆使してみたかった。
私の日勤は、デイサービスを頑なに拒んだばぁが毎日通ってくれていたら……
私の夜勤では、看護師の在住するショートにじぃばぁがお泊まりしてくれていたら……
どうだったのだろう、と考えてしまいます。
その時から姉が仮住まいのアパートを探し、姉の体調の良い時にじぃばぁの顔を見に通ってくれていたら……
姉とばぁが、私のそれらの意見を聞き入れてくれていたら……
ばぁ自身が、デイに通うことを受け入れてくれていたら……
少なくとも、じぃばぁの今の寂しい状況を回避出来たのではないかと思ってしまいます。
私も感情に左右されることは最小限だったのではないかと思ってしまいます。
バカだね、ばぁも姉も。
私、もう少し在宅介護を頑張りたかったな……
私自身が自分の限界を知って諦めることで、施設探しを納得して積極的に出来たのではないかと思っています。
今日は2日目の深夜明け。
一休みしたので、これからじぃばぁの面会に行ってきます。
待っててね、じぃばぁ。