連絡板_暮らしの雑記帖~今日の献立○△

猫に鰹節、人に座布団

元阿片宗爺の小話

表題に"新聞"はちと無理ですな。

主題:怪談話と国士十万

2015-01-21 02:20:12 | 徒然


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 主題:怪談話と国士十万
 副題:目標への「道程を提示」し続けている人への無理解
 備考:物事の軽重、本末、優先順位を理解出来ぬ人々への揶揄
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 夜分、受話器から流れる”鼻息の音”と引掻き音。若い女性なら、「左寄りの変○者か
投票依頼かしら」と思うかもしれぬが然にあらず。 経験がおありの方は解ると思うが、
吾人の家の同居(二匹)が迷惑を掛けた場合もある。 悪戯防止用に透明箱を発注したり、
他用途器具を代用したりしている人もいると聞く。”枯れ尾花”は、笑い話ですむのであ
るが後者の場合は、性質が悪い。  ”健常者で且つ一般大学を出て学士称号を持つ者”
(主題:経営と理想の狭間/添付 主題:ちきん大戦 激!横浜中華街 2.)が、只管
打座ならぬ只管勧請、丁寧にお断り申し上げても、以下略。

吾人は前回(十三年前の投稿期)より、彼等への啓蒙を止め破折に努めてきた事は、再三
再四触れた。 面白い事に、大乗否仏説の定着を見越してなのか知らねども、”行動原理
の変容”が随所に見られ、まるで「共産主義の勧誘ですか」と訊ねたくなる不思議な使命
感と”赤い論理”を開陳する者もいた。流石に、基督は出てこないが大日如来が本尊でも
通用するような稚拙な論理展開は、以下略。

呼び鈴が鳴る師走の夜の恐怖を味わった方々も多かったのではなかろうか。什麼生。

 さて、開票翌日の早朝より器材片手に分布と集計を”自らの手で為し思考した者”であ
れば、脅威を覚える(理由を一部後述/詳細は後日)筈の選挙結果を前に、表層でしか捉
えれぬ者が多いのか、仮想空間で”正反対”の教導乃至意見表明している人々の数に驚く。
仮想空間利用者における投票行動の不一致、又、その影響規模の読みの甘さを殊更に指摘
される方もおられるが、”充分な世間知を持っていると想定される”対告衆に「真顔で語
る勇者」の無謀を哂いたくなった。 わざわざ言われずとも、過去数次、特に前回の某党
候補の得票形態と言う極めて有難い資料がある。又、昭和二十年代後期からの烏政党(含
某教団内局時代)支持/協力者の構成要素(年齢/職業/知的水準/全国分布等)、対極
でありながら極めて酷似する赤い人々と言う、普通の観察力があれば理解可能な標本が世
間には溢れている。

あれほど、大量の代替資金(施設、組織情報経路等)を用いて“たった、700万”しか
集票出来ない二つの歴史の長い政党がある。そして、結党直後の準備不足にも関わらず、
”150万も得た”新党がある。又、その票分布を見ると愉快な事に気付く。

       【組織も無いのに地方議員を輩出可能な選挙区がある】

これは、団塊の世代の人々が大好きな”偏った組織論(別名:情熱の御都合主義、専門家
を下とし管理する者を優位とする等々)”では説明不可能な事象であろう。実に、痛快で
ある(何せ、彼等が唱えてきた限りなく赤い論理の否定となる)。 実に実に、目出度い。

既に、電子回線を”閉じた空間としてではなく単なる道具”として使いこなし、近代政党
の芽を若い人々が育んでいると言う事である。 彼らの活動の帰結に何が待っているかを
予見してみれば、こんなわくわくする時代は絶えて久しかったのではなかろうか。

 彼の弁論部出身の人々が、四年前より打った重要な布石の数々。 HB01_O.は、
彼等の歴史的役割を思い浮かべると痛快でなりません。諸兄は如何。


---------- 再掲載 (13年前/誤字、脱字、冗長部そのまま

[31]HB01_Original 02/11/25 5:53 IViD0wuFzCQx

      ~ すこし早起きした朝のひととき ~

1) 私が近年良くChatする外国の方々の中に、軍港で有名な
  サンディエゴ在住の米国人がいる。子息は当然カソリック系に
  通うようになった。もうかれこれ、6年程、いろいろな話をし
  たろうか。その彼と彼の友人たちが、吾人を他者に紹介する時
  によく使うジョークが「横浜中華街在住のアメリカ人でハイス
  クールまでフィリピンにいた酷い訛りのあるHB01_O.」
  と。小生の外語能力は、大変怪しいものがあり、中学にして教
  師より匙を投げられたいきさつがある。そんな私の英語によく
  付き合ってくれるものだと、感謝している日々である。さても、
  その中学時代、学童期に顕在化する個性とでもいうのか、あら
  ゆる分野の学習において学内試験と呼ばれるものが、学友に比
  するとまったく駄目であったのだ。唯一の救いは、当時あった
  学外試験はどういう訳だか、学友に比して大変宜しく、随分、
  教師達には不思議がられていたりもした。一つには、後年、気
  づいた事なのだが、諸人に比して短期的な速習が、ほぼ完璧に
  駄目だというという事である。酷いもんで、若年の時代におい
  てすら、他者が10覚えておけるものをかなりの速習法を駆使
  しても2~3も覚えていられぬのだ。ゆえに、一夜漬けという
  のが、まったく駄目なのである。これは、学生と実社会の始め
  においては、大変辛い。幸いな事に、世の中は公平なもので若
  年期を過ぎる頃から、やっと自身の特性が分かり克服すべく幾
  つもの手立てを各分野に編み出す事が出来るようになった。と
  は言え、常人の何倍の苦労をせねば為らぬという有様で、ご苦
  労な事である。

[32]HB01_Original 02/11/25 5:54 IViD0wuFzCQx

2) さてさて、件の英語教師に言われたのは、『語学にまったく
  才能がない』と言う一言であった。もし、今のインターネット
  の時代にこのような言葉を面と向かって言われたら、当の学生
  は悲観の余り冬眠してしまうやもしれぬが、当時は、のどかな
  もんで「なるほど。英語教師が言うのだからそうなのだろう」
  と鵜呑みにしていた。今思えば、単語単位で日本語に一端翻訳
  し日本語で思考しては再度翻訳してた訳であるから何の事はな
  い、諸人に比して記憶能力の著しく低い吾人が匙を投げられる
  のも当たり前である。仕方がないので、シャーロックホームズ
  から始まってエリオットやらを、10数行単位ごと書き出して
  は、原義源流、用法なんぞを英英辞書でたどたどしくひろいノ
  ートしていったものである。その後、何の因果かHB-glishと挨
  拶程度の数カ国語を使い幾つもの国の方々と現実世界で接する
  機会を得たのだから、わからないものである。件の教師に一つ
  感謝する事があるとしたら、英語を母国語とする人々に話すジ
  ョークの一つを提供して頂いた事か。勿論、ブロークンであり、
  Chatなんぞをすると酷いスペルなのが一目瞭然であるが、
  原書通読なんぞをしてきたせいか思考を該当言語で行う習慣が
  出来た事により、現実生活で使わない空白期間があっても、し
  ばらくすれと、その言語で諸々の概念が蘇り極端に記憶力に頼
  らずともよいのである。仮想空間においても、誉められた事で
  はないが、発音記号とスペルの整合よりも音をベースに表記を
  していくのであるから、当然、途切れることもないのである。
  現実世界においてもインターネットの世界においても、ここぞ
  という時に、まともに意思表明できないものは、相手にされぬ
  のというのは、日本語の世界と同じである。

------- 終了

 

主題:装備点検と無双

2014-04-18 10:20:31 | 徒然


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 主題:装備点検と無双
 副題:愚者に褒められたるは知者一生の恥
 備考:板さんの習いに刃物と俎板は必要の当たり前~
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 この三月程、正確には去年の秋の準備期間を含めると五ヶ月、吾人は”本来はいらぬ筈
の作業”で多忙であった。 つまり、”Deflation 状況における増税決定”と言う阿呆な
政治選択が為された故、想定される経済状況に対応する作業が発生した。興味の無い方に
は、何の事やらとなる語句を連ねれば「中長期(重工、鉱業等)を短期(電器、通信、精
密等)に換え国際状況の反映し易い銘柄の再選定、証券会社の再一本化」。 専業で無い
吾人は緑板を終日眺めている事も出来ぬ故、Swing を併用し、やっと望む形となった。一
時的に損きりが嵩んだが、二月遅れで自身の長期予定に適う修復を為せた。 こうして、
再度、投稿時間を持てる様になったのだが、”珈琲の香りと紫煙で霞んだ冬篭りの年”と
昨年の手帳にある走り書きを見ると、久し振りに若い頃を思い出し頬が緩む。

 さて、仮想空間で奇異に思える事の一つに”初学の者が向学の者乃至は先達を笑う”と
言う事がある。基礎となる書籍に親しみ共有すべき最低限の語彙を持ってから後に玄人に
意見を伺うと言う現実世界における【初学の嗜み】が、仮想空間の黎明期よりも益々軽視
されてきているのではなかろうかと。本当の権威と言うものを理解できない左巻きの人々
に教導された、”前世紀に予測された新しい型の文盲”が量産されているような感を抱く
のは吾人だけであろうか。「専門用語を使わずに平易な譬え、思考力を要求しない印象の
積み重ね」を求められた場合、”曼荼羅もどきの図”を用意でもしない限り予想される反
応は、脊髄反射の如き”裸踊りか束ねた棒”愛好者達で溢れかえる”投稿板”。定義され
た専門用語を使えば一語で済む話を、上記の如く説明要求された専門域の方々の困惑を推
考しない乃至は出来ないのか。 「素養のない者でも進学してしまう六三三制の弊害が極
まった末の構図」と、口がむずむずするHB01_O.であった。

仮想討論番組の意見投稿欄は、語彙等より本を読み思索してないのがまるわかりの、浅薄
な思考経路が透ける意見ばかりが目につく。門外漢の吾人ですら感心するほど、初学への
道標を懇切丁寧に御自身のHomePage/Blog へ提示して下さる諸学の先達を随所で見かける。
その方々の”息抜用短文投稿先”へ脊髄反射でしか反応しない”萌える人々”と言うのは、
いつの時代にもあった”ええじゃないかー”症候群に罹患しているのであろうか。身行は
別とし、”知”に対し対価を払い思索する習慣を身につける。初学の者が心する第一歩で
すわな。”息抜先”にて、玄人が自身の専門域に関する質問を門外漢相手に受け付ける必
要性はどこにもない。唯一、有り得るのは初心の嗜みを理解していない質問者を諭す”啓
蒙”ぐらいであろうか。 今世紀初頭の雀にも劣る”URL貼り”、前世紀90年代頃の
”書写修行”、門前にての”掃き掃除”の方が身につくものが多かろうにと眺めていたが、
今般、その極めとでも言う振る舞いを為す人物を目にし”江戸期における庄屋程の覚悟あ
るのかいな”と疑問を投げかけたくなった。

長くなるので前提条件となる”歴史的側面/宗教的背景/権利の行使目的”等々における
本邦と他国の差異は了解済みとして(ここまで言及せねばならぬ時代なのですわな)、

  【商人の為す其れと運動家の”お上への訴え”は総別内外表裏で意味が違う】

と言うのがある。結句は、枝葉(言葉使い)に噛み付くしかなき者は野奸にしか過ぎず、
獅子吼(急所を突いた論説)の前には屍(逃走)を晒すのみ。 吾人等は、英雄の誕生を
目撃しているのかもしれない。

過日、仮想空間商いに勤しむ太鼓修行者と経営者の『利益追求』より為された権利行使を
目撃し吾人は快哉を挙げたくなった。 昨今、傍の者に見えにくかった彼の者達の本質が
明らかになり、実に目出度い。 彼らの宗教『米国が~』(主題:豪腕没落記にみる権限
行使の優位性/主題:遊戯と芸の狭間/生死一大事血脈抄)によって形作られた教育に従
えば”正義”であって、傍の者に”腹切る覚悟、何、それ”と問う行為と同義とは微塵も
思い浮かばぬのであろう。 見事に”植民地言論人(愛国商売/長い物に~)”を体現し
ていますな。実に目出度い。個人の”幸福追求”に邁進する姿そのもの。後継への悪影響
なぞ知らぬとばかりの天晴れ。墨塗る主従(主題:大戦略提示下の行動と戦術のみに縋る
彷徨の紙一重)の御姿なり。江戸、明治期に生まれた言論人の覚悟なぞ、どこにも見受け
られない。”学術論争(切りあい)が出来ません宣言”ですな。ここで終ると味気ないの
で、詳しく述べると”教科書裁判(家永、検定、採択等々)”と同じく、秘書を生業とし
た人にはよく判る手法で”軸足をずらし傷を減らすの術”でありんす。馴染みの無い方に
説明すると
             【法廷で学術論争は出来ません】

つまり、『(支持者への)景気づけ、時間稼ぎ、論点すり替え』でしかなく、巷で良く見
る風景(問題矮小化乃至拡大希薄化)であります。『面識はありません、左様な指示は受
けておりません、その時節、どこそこに赴いておりません』これで延々、時間を浪費し相
対する側の”疲労を誘い(以下略)”。 一見、事実を述べているようでありますが、そ
の実、世間知があれば、児戯に等しい事を得意気に掲載してるのを見た時、正直、某大臣
が仲人をしたそうだが”青臭い”。一々、実力者が太鼓持ちや仮想空間瓦斯抜き宣伝屋に
面識を与える筈がなかろうて。それを殊更掲げて字数を稼ぐ様は、売文屋の鏡としか言え
ぬ。青少年への悪影響は言わずもがな。将来、襤褸が出た時、『秘書(部下、妻)の自身
を慮っての勇み足でありましょう、些か同義的責任を感じるものであります(訓戒を甘受
しますが法的監督責任は負いません)』で幕引き。太鼓持ちの末路を予感させ滑稽でしか
ない。それでも、”太鼓持ち道、宣伝屋稼業”を精進、経営するなら一言差し上げたい。
”時代遅れの悪手”。ここで言う時代遅れの文言が、最先端機器に触れる仮想空間界隈に
住まう彼等への皮肉を意図しているのは言うまでもないが、以下にその理由を述べる。

現在の政治、経済、国際環境は既に多くの学者の方々が予見し、そこに派生する衆愚への
対応をせまられる一群の人々の出現すら言及していたと言う事である。40年以上も前に
想定され、その英知が布石したものを想起してみて欲しい (吾人が、彼の弁論部出身の
人々に痺れる理由でもある)。多くの出版物があった。多くの資料、史料の編纂に人知れ
ず邁進し、世間には省みられずとも蓄積し後継に託さんと欲した人々がいた。小さな私塾
を営み時流を泳ぐ人々を横目に若芽を育んだ。如何に最先端の技術、それが生み出す機器
に触れようともこの”後継を育て託す努力”と言う、人間と言う生物に課せられた定めを
実践しているか否か。これが全ての答えである。彼の者達と弁論部出身の人々を比べて見
てほしい。端から枝葉と路傍の石(主題:民以食為天)に目を向けさせ擬態するに忙しか
ったのは誰で、折に触れ”自身の師を称え弟子を育てる姿”を見せていたのは誰なのか。

此度の事に当惑を覚えるとすれば、「素人臭味(主題:言多令事敗と辞世を詠ませる智謀
を待つ)」に対してであろうか。まことに日本版花畑の子達が作り出す虚像は判り易い。
捻りが無い。『It's a 6758』もとい軽薄短小。大名貸の子弟と奉公人に墨を贈る
日も近い。

---------- 再掲載 (11年前/誤字、脱字、冗長部そのまま

[78]HB01_Original 02/12/01 11:26 GduAnjuFzhAL
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 主題:釣師流浪一代記
 副題:懲りない包丁を忘れた板前達
 備考:~ 休日の遅い朝食を待つ間 その一 ~
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1) ボランティアも一種の目的団体である以上、組織体として合理を
  追及すべし、能わざる代表、執行部は職責を放棄してる一団という
  考え方がある。これは、何も吾人の意見ではなく、恐らく諸氏は、
  様々な未来学者、経済学者の書籍を思い浮かべ吾人の言わんとして
  いる事を汲み取って頂いてると思うが、如何? 実は、これらのよ
  うな公に対し有益をもたらすべき団体の討議のみならず、私に対し
  有益、つまり趣味の交流の際の議論・会話において守らねばならぬ
  様々な不成文の取決めがあるなどと、わざわざ書く事になるなどと
  は、思いもよらなかった。本来、余暇をどのように用いるかは、各
  個人の責任と判断に帰するものであるから、他者が口を鋏む余地は
  なく、当然にその結果としてのものを受け取り、其れ相応の正負な
  効果が日常に反映していくものと思う。然るに、それが他者との交
  わりの中で成立するものである場合は、自己の抑制と節度、他者と
  の協調なんぞが必要とされるのは至極当然の事である。其れが、釣
  りであって場所の取り合いに凌ぎを削る或は釣った魚の自慢話と道
  具の自慢など、どちらかという大の大人が微笑ましい程、童心に帰
  って賑やかに戯れる姿なんぞは、一見、どこに抑制と節度、他者の
  協調があるのだと思われるかもしれぬが、『ボランティア陽子危機
  一髪』などが成立しにくいように、『釣り馬鹿一代~死闘編』も無
  ければ『釣きち与平捕り物帳』も無いのである。あくまで、たがが
  外れて暴走するというのは何処かの時点で、余暇ではなく営利に変
  ってる場合であり、釣り道具の自慢が嵩じて火曜サスペンスのネタ
  になりましたと言っても洒落にならぬのである。

[79]HB01_Original 02/12/01 11:26 GduAnjuFzhAL

2) 前項で述べたボランティア、余暇の時間に他者に向かいて言って
  はならぬ成句がある。『ボランティア(余暇)なんだから、そんな
  に熱を入れるな』。これを、海外の団体の討議の席、否、国内でも
  歴史のある団体のそれで言ったら退席を求められると思うが、如何
  なものか。さらには、個々人の余暇の際に、同様の興ざめな事を言
  うものがあれば、少なくとも友人は一気に半減すると思うが、如何?
  まさか、こちらのサイトでそのような趣旨の発言を受け取るとは、
  予期していなかったと言えば語弊があるが、所属する同団体の構成
  メンバーから左様な言葉を受け取るとは哀しい限りであった。

---------- 終了 



主題:赤色狸と時間洞窟の謎

2013-11-15 08:34:50 | 徒然

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 主題:赤色狸と時間洞窟の謎
 副題:トフラー(A. Toffler)によろしく
 備考:"Wall Street Shuffle(10.cc/1974)"
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 当初、各種研究機関のお墨付き(技術検証)をもらっても”中小企業診断士”と
銀行出向組みが立ちはだかる技術制度融資審査 - 低位階技術通過案件の焦げ付
き一杯あれども誰も責任を取らず、当該制度利用をあきらめた経営者が上場視野の
不思議 -と言う長すぎる題名しか浮かばぬ話をしようと思ったのだが、偶々、机
に積んであった古い映画の目録と経済本を眺め、表題に掲げた小話に成るよう捻り
を加えた。

"More(Sister Of Mercy/1990)".

90年代初頭、不景気の足音が忍びよるまで吾人は技術を有する方々の”天使探し”
を行ったりしていた。観光用不動産を優先する人々には中々理解頂けなかったが、
別領域の技術会社や設計会社の代表者でも、聊か想像力が無いのではないかと思え
る場合もあった。 今、橋渡しが不成功に終ったものの中には、何れ上場も可能と
言う会社も幾つかある。逆に、当時、不動産業、観光業等を優先させていた所の幾
つかは、今、影も形も無い。仮に生き延びていても、昔日の面影は消え、寂しいも
のですな~。【 外的な経済環境だけでは無く、社内的には中身が空っぽな部下を
周囲に侍らせていた(所謂、太鼓持ち)】、これに尽きる思う。既に、有能な人々
は金融状況等から学術、業種特化型方面へ転職しつつあった中、代表者が彼等彼女
等に”経営者の嗅覚”を暈されて無形の”技術”と言うものへの投資が出来なかっ
た事例もあった。

酷い例だと、”紹介状”があるにも関わらず、取次ぎの太鼓持ちに邪魔され、面談
そのものが適わぬ時さえもあった。”勧誘”ではなく代表者”個人への用件”だと
の判別も出来んのかいなと思ったものである。 思考力と経験が無ければ理解不能
な世界の話ゆえ、”これこれ然々、で、こちらが資料です”と渡しても、阿る事
(表層)には巧みであるが、専門的なもの(思惟)になるとお手上げ、曲解ならま
だ可愛いものでぐると廻って360度。余程、御自身の存在価値に”歪な”感情が
混じり、”取次ぎ”如きに献身修行を見出しているのか、その様な状況になるのを
予見しての”紹介状”なのだが、いやはや。一向に話が進まぬ故、別口へ出向く旨
を紹介者へ報告した事もある。 その後、その手の会社は不景気の中、推して知る
べし。

"WallStreet (1987)".

翻って、前段より更に数年遡った好景気を迎えようとする頃、まだ日銀に魔王登場
前の話であるが、吾人は電算分野に関しては”提案型開発”を主としていた(これ
ゆえ、上場企業、役所等との直接取引が出来た)。10年先までの技術進捗予想図
を元に提供した不動産流通業における通信技術利用閲覧システムと言うのもあった。
初期段階は、機材投資、運用費用、画像再現性を鑑み媒体使用による情報更新であ
る事から、店舗来客用で開始/将来は通信利用の外部公開を提案。話を聞き及んだ
周囲の取る行動を予想し明示はしなかったが、情報持出と社員独立による混乱を防
ぐ”段階的な営業形態の転換”と言う真の意味を理解してくれた経営者もいた。 

今では見込顧客誘引用としてほぼ外部公開が当たり前だが、情報を個人に帰属させ
たまま社内共有せず「3つ紹介して決着」を至上としていた会社などが大半だった
時代。現時点より20年以上前の話であり、阿呆かいなと思われる閲覧者も居られ
るであろうが、契約後の紛争の多さと体質転換を果たした他社との比較で営業機会
の減少、会社分裂等より淘汰されつつある。 個人的信頼由来の隠し玉を否定する
心算は毛頭無く理解も出来るが、主流までがそれでは、互助会や組合であって株式
会社としての投資には値しない(大きくならない)と吾人は常に思っていた。

まだ、Windows95 も無く、"WallStreet (1987)" でMr.Gekkoが用いる”小型”携帯
電話が地域によっては取扱開始”予定”の頃の話である(車載兼用を使っていたが
やたら重かった)。 他業種であっても、古い体質のところは同じ様な”職人”が
混在し、特段、掲げた業界が特殊であったわけではない。情報の共有と活用、流通
と占有(公開と秘匿)の判別、これ等への対応を組織のみならず個人であっても対
応せざるえない『時代の波』を、代表者は当然、不勉強の者は別として【個人と言
えども一般書籍(A.Toffler, J.K.Galbraith等)/講演等を用い思索】すれば所属す
る業界の来るべき姿を予見出来ぬ筈は無いのだが、何とも苦笑を禁じえない心根よ
り発する行動をお見受けしたりもした。

"Don't Stand So Close To Me(The Police/1980)"

更に、時代を遡る事、80年代初頭。官庁に卓上電子印刷機と同個人電子計算機の
導入”検討”があちらこちらで見られ始めた頃、文字が粗かった事も一因ではある
が、未だ裁判所等で上記装置を用いる印字物に関しての”明確な指導”が無く、大
学では学部/教授によるが学生の提出物を”手書き”指定し同装置類によるものは
受け付けてなかった時代の話である。前述の”検討”により、時期尚早と判断する
のが印字判別精度(司法において重要)や習熟に要する初期段階の時間配分と高額
機材(予算)と言うのは理解出来るのだが、「人減らしにつながる!管理強化だ!
新技術に対応しにくい高齢職員への抑圧だ!(以下略)」By赤鉢巻と言うのを担
当者より聞かされた時のえぐ味たるや、いやはや。

 吾人の経験より言えば、高額機材を用いなくとも、”本気で”全体俯瞰と制度形
成事由を精査すれば、時として帳票形式に一要素追加するだけで要らなくなる作業
も多々ある。つまり、小さな比率ではあるが、金額換算では無視できぬ効率の悪い
人的資源使用状況が放置されているのも事実なのである(過去形に非ず)。目的は
”意図的な冗長性保持”と言う情報分野の人にはお馴染みの手法である。 然るに、
赤鉢巻の人々の存在を許容し『あえて冗長性を保持し流通過程における劣化を防止、
もって情報の強度を担保している』と揶揄のつもりで吐いた言葉を”褒め言葉”と
して受け取るのは、お立場上、如何なものか。

 往時、事務処理想定技術を”電卓どころか算盤時代に置いたまま”と言うのは、
特に”血税”で成立する組織では【民より官を慮ってに変容】でなかりしかと吾人
は嘆息したものである。

閑話休題。

 以上で現代へ戻る。果たしてこの道程で触れた『思索、予見、現況俯瞰』の重要
性に経年劣化があったであろうか。否、益々、その重みが増していると吾人は思う、
諸兄は如何。

        【善男子、歩く本箱だけは近侍を許すなかれ】。
 
 多くの学者が登場を予想した読解力不足の人々、これは次のお題にならんかいな
と猫を拉致し食事に向かうHB01_O.であった。


---------- 再掲載 (11年前/誤字、脱字、冗長部そのまま
 

[33]HB01_Original 02/11/26 16:37 IViD0wuFzk7y

          ~ 午後の一時 ~

1) 前回、書いたサンディエゴの方とよく話す話題の一つに米国の
  「失敗した初等教育と成功した大学教育」というのがある。彼の
  大統領が提唱する『チャータースクール~バシングに対する回答』
  や『デューイ思想による教育がもたらす弊害』など、日本の初等
  教育現場ではなじみの無い或は声をあげにくいデューイ反対と言
  う日本の10年以上先の実験結果が、今まさに眼前にある国の人
  々の生の声(PTA)を伝えてくれる。彼の子息が通う学校は名
  門校で、親御さん達も医師、弁護士に代表される職業の方が多く、
  所謂、子弟の教育に熱心なリベラルに理解は示すが投票行動は保
  守的という、浮動票の上辺を占める『高い教育を受けた人々』で
  ある。ご存知の通り米国における白人子弟の学力の低下の酷さは
  公然の事実で、『20*20/12*12を暗記する印度、中国
  系が選出する亜大陸出身大統領よりは、カトゥーンしか見ない白
  人選出の黒人大統領を我らに!というワッペンをつけたKKKメ
  ンバー』等に代表される大統領/教育を題材とした冗談がすっか
  りアイロニーを帯びてしまって、真面目に教育を愁うる会話が始
  まってしまうのを経験したのは吾人だけでないと思うが、如何?

[34]HB01_Original 02/11/26 16:37 IViD0wuFzk7y

2) その彼が、子息をカソリック系の私学にやる時、漏らした内容
  が、日本がいかに問題を先送りしているのかと考えさせるに足る
  ものだった。上で触れたように、彼の住まうCal.州は、学童の教
  育平均値において彼の大統領の出身州の対極にあり、米国最低の
  位置にある。勿論、犯罪の低年齢層化が加速し、事件発生個所が
  繁華街から住宅街に移動してきたのが顕著な州でもある。深夜に
  巡回ヘリコプターの羽音で目がさめる程、治安の悪化した環境を
  避ける為に住居移転などという現実を日常として聞かせてくれも
  した。国境沿いで軍港という安全上の問題からNAFTA等によ
  る経済的な恩恵も含め、彼が子息の教育環境として選択したのが
  上述したサンディエゴという訳である。勿論、東海岸には東海岸
  の、北部には北部のこういう都市部から脱出した富裕層が住まう
  個所があるのは知っていたが、家族の教育という大事に関して考
  えるにも家族の生命の危険度までも視野に入れねばならないとい
  うのには、正直、想像はしていたが中々に考えさせらる話である。
  この教育と暴力の相関など教育全般に関する話題は、スレッドの
  最初に標榜したとおり、此処を基点として派生させるスレッドに
  譲るが、日本の治安悪化の未来を見るような話として捉えたのは
  私だけであろうか。

[35]HB01_Original 02/11/26 16:38 IViD0wuFzk7y

3) 古くは『団塊の世代』『第三の波』などの題材に触れ、或は経
  済学派生分野、師範としての教育学等における研究の過程で70
  ~80年代に「年功序列の崩壊と治安悪化」を予見した人々もお
  られると思う。一面、人口比率の格差が及ぼす様々な社会的問題
  への警鐘と言えば、しごく単純で分かったような分からないよう
  な、それでいて目新しくも無く既に語られ尽くした感を抱くのだ
  が、多分に揶揄の形容をこれに加えると素敵に危険な匂いが立ち
  込めてきて、吾人なんぞは思わずもニヤニヤしてしまう。つまり、
  「ある思想を背景とした世代が人口比において突出した時に全体
  としての補正衝動は自然に為されるのか否か、そして実存主義を
  支柱とする教育の有効性は、はたして実験証明、論議され尽くし
  ているのか否か」という事である。そう、まるで全共闘時代の左
  派と現代のその世代の人々に、前衛的な肉体言語をもってして語
  りかけるような極めて挑戦的な話になるのだが、如何?つまり、
  旧帝大においては学問として、旧師範においては実践の指針とし
  て、ある時期を境に日本において先端で在り続け主流を占め且つ
  教育指針の基底を為しているデューイ教育に対する揶揄である。

[36]HB01_Original 02/11/26 16:38 IViD0wuFzk7y

4) このBBSの性格上、この場においては勿論、将来、派生する
  スレッドでも、以前にてくてく氏が指摘したとおり、学術理論と
  して考証するつもりはない。ただ、私の蒙が生み出すものである
  かもしれぬが、まるで彼の国の国策に左右される聖林映画ではな
  いが、ただひたすらに明るい未来を歌う日本版デューイ教育思想
  が、教室の左側の席で『衆愚モンスター』を召喚する呪文を、ず
  っと唱え続けているような印象を受けるのであるが、如何?

[37]HB01_Original 02/11/26 16:38 IViD0wuFzk7y

5) 実を言うと、この話題は吾人としていささか辛いのである。学
  会員として意見表明するには、非常に解説を加えねば為らず、そ
  の労力の大きさから言っても限りなくタブーに属する分野なので
  ある。冗談ではなく、近在の教育部の諸氏にこの話題をされて見
  よと言いたい。何故かと言うに、初代会長が学者として影響を受
  けた部分があるのと、名誉会長が米国デューイ協会より顕彰され
  ている等の理由があるのだ。しかし、賢明なる閲覧者の方々は、
  お気づきだと思うが、別の話題でのロジックの遊びと同じように、
  底意においては条件付で、私も彼の理論に賛成なのである。条件
  の詳細は長くなるので後日に譲るとして、米国においてもそうで
  あったが、問題の第一は、師範としての教育者の資質が語られぬ
  まま社会エートスなど徳に属する分野までも子供の発芽に依存し
  ているという、見本乃至は鏡不在の事である。そして『バッシン
  グ(スクールバス利用により広域通学区を設け、人種比率などを
  調整する教育の代名詞)裁判』と『チャータースクール(但し米
  国の社会環境のみにおいて可能な側面がある)』及『在来の有名
  私学大盛況』が米国において、親御さん達よりそれへの回答とし
  てもたらされてると吾人は考えるものであるが、如何? 第二に、
  この理論を実践面に移す際、その効果測定に要する期間が非常に
  長い為、第一の理由にも共通するのだが、なんらかの弊害が発生
  しても、その結果が及んだ社会から教育現場への道程が複雑にな
  りすぎ補正が社会として極めて困難なものにならぬかという懸念
  である。そして、この懸念の払拭が果たして、検証されているの
  かという事である。第三は、理論というよりも師範側の意図であ
  る。聖職としての教育者の自覚を求める国家と、それが担保され
  る社会システムが維持されてる間はよいのだが、この構図が破綻
  した時、もたらされる弊害は、保身の言葉が優先される極めて非
  効率的な、個性的に見えるが進歩する為の土壌が荒れたままの、
  およそ自発能動とは対極の、我意のみが発達した群像を生み出す
  構造への理論根拠を与えやすいと言えば過言であろうか。

[38]HB01_Original 02/11/26 16:39 IViD0wuFzk7y

6) どうだろう、何故、吾人がこれを述べたくなかったかが、御分
  かり頂けだであろうか? まさに、マルキシズムとカルトに『あ
  いらびゅ~ん』なのである。

---------- 終了 




主題:若旦那と番頭さんの政商道膝栗毛

2013-11-10 07:17:41 | 徒然

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 主題:若旦那と番頭さんの政商道膝栗毛
 副題:燻銀と鍍金の価値判別法と前提条件となる資料
 備考:西洋軒で安愚楽鍋が中華飯店で透明鍋となる怪奇~
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 吾人の理解不能な事の一つが、2003年以後の一連の政局乃至案件である「郵政民
営化、政権禅譲劇、航空幕僚長論文紛争、財務大臣酩酊劇」等々において、重要な位置
にありながら、それまでの議員生活で明示(寄稿/講演録/各種会報/HP等)してき
た御本人の存念とやらを悉く捨て去り、序に保身の為なら盟友すらも冷たくあしらう人
の本質を未だに理解しようとせず、「人としては温かい人/経済と経営に詳しい大物/
俺達の~」と持ち上げる仮想空間討論番組の経営者、太鼓持ち経済評論家、御用一般人
がわんさかいる事なのだ。はっきりいって「節穴ですか」とお訊ねしたくなる。共通の
鍵となる言葉は、【仮想現実/印象/映像文化によって育った人々】かいな。大変申し
訳ないが、持て囃す人々が現実世界でもまれ言葉を血肉にしてきたとはとても思えない。
御本人達の用いる”厳しい現実を直視し粛々”と言う言葉の下、思索時間を多少とも持
ち、事実を書き連ね俯瞰し得る答えは、下記の一節しかないと吾人は考える。脊髄反射
君の登場を予見し申し上げるが、前述の通り”称号付け行為”に非ず、諸兄は如何。

 「祖父や親戚に憧れて計算された振る舞いを為す信念無き、越後屋さんの息子」。

 特に、勘違いなのか太鼓叩きに多忙なのかは知らねども、子飼いの中小企業診断士が、
”経営に詳しい”の謳い文句を用い、政権運営”にも”秀でた手腕を持つとの誤認誘引、
錯誤者拡大の広報活動には憤りを覚える。「うそ、おおげさはつうほう」と小声で言い
たくなる。 当時の社会状況を鑑みるに、三十代になったばかりの創業者が金融、建築、
所轄官庁等で”出発点より厚遇”されるなどと言うのはありえなかった。経営能力を掲
げるならば、”御曹司と番頭さんによる政商の譜”と正確に記すべきである。同資格の
社会における位置付けを未だ理解出来ない学業途中を含む若い方々に掲げ、江戸時代の
黄表紙で受けそうな話の一つであったに過ぎない事を、度々、吹聴するのは何が目的や
らと疑念を抱く。悪し様に言う事はしないが、所轄官庁”指導”による業態変換、しか
も親族による政商状態で、どうやって経営破綻が起こりえたかを示して欲しい。

 閲覧者諸氏に同資格保持者がいたら申し訳ないが、公的方面ではなく”民間に向かっ
てこの資格を殊更に強調”する人、特に、制度融資と情報分野に関し”何処でも何時で
も何にでも”余計な顔を出す人には癖のある方が多すぎ、経験上、その所轄官庁と由来
ゆえか知らぬが、良い印象がまったく無い。企業内資格保持者が、この看板に夢を見た
のか縋ったのかは知らぬが、独立後、”実際の中小企業”を大企業の物差しで掻き回す
現場を御覧になった方々も多いと思うが、如何。

 どの認可業でもそうだが、同じ資格保持者達にも煙たがられる人にありがちなのが、
”一部を齧り万般を理解した”との勘違い君、つまり”蟻塚を見て富士山談義を為す所
化”とは言い過ぎか。若い者の萌える心、もとい燃える情熱に水を掛けたがる捻くれた
HB01_O.である。

---------- 再掲載 (11年前/誤字、脱字、冗長部そのまま
 
[199]HB01_Original 02/12/19 23:51 9vWmGyuFzJRF

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 主題:水を飲む時、井戸を掘った人の恩を思う
 副題:「ペーパーバッグに走らせた電話番号」と「明治の風景」
 備考:~ おやすみ前のレディ・グレー ~
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○ 上田万年。新村出。こう書いて閲覧者諸兄は、何を思い浮かべるだろう。明治の
 人々とB.H.チェンバレンの交流を思う浪漫ある人もいるかも知れない。もっと、
 厳密に門下生という諸氏もおられよう。ともあれ、「大字典」「広辞苑」編纂者と
 して記憶に止める方々が大半であろうし、吾人も若い時に”書籍”で知るまでは、
 前者の関係や、更には金田一京助との交流など、日本史・国語などで教わった『断
 片の知識』が、頭の中で『人々が息づく明治の風景』になるまで、相当な時間と労
 力を要した。先日、このチェンバレンが登場する書物名を失念して、Net上で探
 したのだが、いやはや驚くべき時代というか、以前、吾人が図書館・書店めぐりに
 費やした時間の数千分の1で調べが終わる。それどころか、『同志』というか同じ
 経路で資料が必要になった方々が、御自身で調べたメモを、吾人のような人間の訪
 問を予期し、HPに残しておいてくれる。軍事目的から学術を経て現在の商用に至
 るNetの歴史から言えば、当たり前と言えば当たり前なのだが、やはりその度に
 驚かされる。現在、Netを利用してる学生諸氏は、文献検索に関しては、10数
 年前の学生に比して、かなり恵まれているという事である。ちなみに、セントヘレ
 ナ島でナポレオンと会見し『武器と戦争の無い地、琉球』の話しをした英国海軍大
 佐(艦長)が、このチェンバレンの祖父である。 以前なら、先輩諸氏より”運よ
 ければ”聞けた、この手の逸話すら、ネットではそこらに転がっており、いやはや、
 すごい時代である。

[200]HB01_Original 02/12/19 23:51 9vWmGyuFzJRF

○ 初めて、「大字典」や「広辞苑」に触れた時、読みが判らず”MANーNEN”
 さん、”DELL”さんと、男性化粧品広告の有名な歌のフレーズのように記憶し
 た思い出がある。上田万年(かずとし)編纂「大字典」、戦前だけで大正六年の初
 版より通計2410版、戦後特装版で通算40版、手元にあるのが、昭和四十三年
 普及装丁で88版とある。(現在、同書は『講談社新大字典(普及版)』で上田万
 年他 著:本体 15,534円発行:平成4年 ISBN4-06-123141-3 品切れ・重版
 未定)。 先日も書いたが、吾人の机は『冬山状態』で、雪崩れがおきるのを頂上
 の辞書達が止めている。大病を患う前は、ペーパーバック版のWebster英英
 辞書を、自宅2箇所、2車両各1、出先1で配置してたときもある。記憶力に問題
 があるのでそうしてただけなのだが、昔から装丁辞書を数冊購入すると真っ先にす
 る作業は、外箱の廃棄と自宅内配置であった。今だから白状するが、若い頃、お付
 き合いした女性達の家でも、これを行い顰蹙をかってた。どの辞書だかは、忘れた
 が、女性達の電話番号や誕生日の走り書きがあるものもある。他者の名前とかイニ
 シアルを記す習慣がなかったので人様のプライバシーの問題はなかったが、たまに、
 間違って電話をかけ、昔日の思い出の女性より冷笑とともに切られた事もある。記
 憶力が悪いというのは『ほろ苦く、されどいつも新鮮に満ちている』ものなのであ
 る。もし、親御さんの辞書に妖しい電話番号なんぞを見つけても、知らないふりを
 するのが親孝行でもある。

[201]HB01_Original 02/12/19 23:51 9vWmGyuFzJRF

○ 冗談はさておき、この編纂者である上田万年博士の事に興味を持ち、昔、調べた
 事もある。学生の方で、もし本稿で始めて耳にする名前があったら、Netの時代
 である。「上田万年」「新村出」「B.H.チェンバレン」で検索してみるとよい。
 恐らく、『明治の風景』が見えるまで派生事項の検索と閲読を繰り返すと、先達の
 偉業を素直に仰ぐ気持ちが湧くかもしない。この上田博士やB.H.チェンバレン
 を中心にすると、「坂の上の雲」(司馬遼太郎)で主軸になった人々を通して見る
 『明治の風景』と違った、学問による国づくりの情熱に触れる事が出来、吾人なん
 ぞは、これはこれで目頭が熱くなるのである。

 この辞書や学問に対する尊敬の念を保ち続けれる事は、とても幸福なのかもしれな
 いと吾人は考える。儒教的な香りがするかもしれないが、諸人は如何?

---------- 終了 





主題:陳尊者からの恋文

2013-11-08 16:53:58 | 徒然

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 主題:陳尊者からの恋文
 副題:投げ文或いは学問のすすめ
 備考:鴉天魔なかりせば見えてくる国の形
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 吾人は以前書いたように半療養の身なれどもこの11年の間、阿片宗破折を通じ
ての鴉政党撲滅(元からホイホイ)と票田において実数で減算される【逆F活動の
すすめ】を日々折々為してきた。これが、同団体を通じ学んだ”政治活動”の中で
たいへん有効であるのは、経験から良くわかる。所謂、”ネズミ講”ではなく”粘
着の力”もとい”友好の輪”でありますな。  平均的な構成要素である一世帯が
”退転”すると、最低、10数票が鴉政党より引き剥がせる。後は、これの繰り返
しだが、昭和の時代と違い、割と難度は高くないのである。要は、「墓地を買って
しまったので供養が~、仲人が幹部で~、職場の経営者が~」が主になり、はっき
り言って”惰性”か”お付き合い”。草創期の教学が破綻しているのを感じ取って
いるやら幻想が破れたのか、昭和期のような”強情”な信徒はとんと見かけぬ。 
いたとしても、議論するだけ時間の無駄であり「内面の信仰は自由だからよろしい
んじゃありません~」と次の人にあたる。まるで”営業員の初心者教則本”の如く、
数にあたりゃ結果も出るである。

何故に、議論しても無駄なのか(吾人は再三、質問したのだが、どなたからも回答
を得られなかった)。  教学位階の高いものであっても、思考が停止し、宗学の
解釈修正等を”他の社会学領域から指摘”され必要に迫られても為していない故、
同団体が草創期に採用していた”正酒”(誤字にあらず、同二代会長の好んだ冗句)
の正邪判別法を逆手に、討論の前に次の台詞を宣言すれば良いのである。「貴団体
は仏法正邪の大事を掲げていたが、大乗非仏説が学問の上で定説となる中、自身の
正当性をまず提示せよ」。これで終わり。同団体の説を知る人にしか関係ないので、
読み飛ばして下さっていい話であるが、はっきり言うと【正像末の断絶】。つまり
天台を再定義すべき機会を逃したのである。 これを放置する言うのは、そもそも
日蓮が”仏どころか菩薩”ですら無い事になり、”机上の~/時間の~”と言う結
論が導かれるのは当然と吾人は解す、つまり、空論であり無駄となる。同団体関係
者諸君、什麼生(そもさん)。

閑話休題。

 橋本政権あたりから現政権まで常に顕在化する”他国を慮った”経済政策の不透
明感と賭博性に、鴉政党によって生かされている某党の有権者に対峙する”鈍ら度
合い”が滲み出ているとお見受けするが、諸兄は如何。偶々、上手くいった政策、
偶々、過不足を生じなかった、偶々、仮想対峙国に政治混乱手前の事があったゆえ、
大過なくすごせた。全てが、”場当たり的”で、凡そ”大戦略”の影も形も見聞出
来ないと思うのだが、吾人だけか。

 鴉政党の教勢(揶揄)が衰えると、当確線上の某党議員も辛くなる。 今までの
ような思想信条を暈しての選挙戦は出来ず、仮想空間の技術進歩によって有権者の
”看視”も厳しくなり、それを無視しての行動も難しくなるであろう。自身の発言
と意思の表明を明確に求められ、今世紀の初頭までのように”媒体”と言う装置が
有権者との間で”煙幕活動”に勤しんでくれるのを期待出来ない。吾人は、前世紀
まで、書籍/講演録/後援会誌等を用い、幽霊作家作であろうとなかろうと、御芳
名の下、明確な言論活動を行う政治家に対し一定の高評価を為していた。記載され
た内容はともかく、何も語らず投票だけよろしくでは、博徒が為す借金依頼に等し
く眩暈を覚えた故である。 吾人は、容を変えた衆愚政治では無く、「国の歴史、
慣習を鑑み不自然である、詳細は然々、さあ、どうじゃ」と言う確かな知見と明晰
な論理で語った”投げ文”が有効な一手になる時代を期待するものであるが、諸兄
は如何。


---------- 再掲載 (11年前/誤字、脱字、冗長部そのまま

[149]HB01_Original 02/12/07 15:22 GduAnjuFzMaL

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 主題:農耕民族と肉体芸術
 副題:研ぎ澄まされた情念と官能の相関
 備考:~ お茶の時間 ~
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○  思うのだが、大多数の現代の日本人で、ある宗旨に漬物状態になった人と
  いうのを見たのは、オウ○とか統○教会等、所謂、出来たばかりの宗教の信
  徒達のそれでないだろうか? 後は、時たま勧誘で見かける人々ぐらいのも
  のか。宗教の創設期はどうしてもセクトな訳で、彼らにとっての社会は、迫
  害を加えるものであり、教祖は受難の道を進まれているわけだ。どこぞの教
  祖の如く自身の生殖行為を信者に金払わせて意義のある物にしてたのは、現
  代の倫理でいけば、邪であるが、中世ぐらいまでの倫理観ではどうだったの
  か等々、一歩視点を変えるだけで違うものが見えてくるのだが、如何?もし、
  彼らが中世に生きてれば、普段、自給自足で何とかやりくりし、時たま人里
  に顔を出しては必要な物だけを物々交換していく物静かな良き隣人であり、
  彼らも幸福な人々であったかもしれない。つまり、ある宗教団体Aの世界観
  がどこまで社会との接点を規定しているのか、例せば、世界に布教し「全て
  の人々が帰依せねばならぬ」が教義なのか「全ての人々が教祖による血の浄
  化(贖罪)を受けねばならない」のか「舎衛の3億([87]参照)で充分」な
  のか「選ばれた人々だけで、居住地を作り、その日に備えよ」なのかでも、
  随分と社会との関わりが違うものだという事である。吾人は、日本の歴史

[150]HB01_Original 02/12/07 15:22 GduAnjuFzMaL

  上、このような宗教漬物状態の人々が生きていく余地があった時代を鎌倉時
  代ぐらいしか思い浮かばないのだが、諸人は如何? 勿論、土着の性風習を
  持つ一部神道系が混ざったような信仰形態は除外してだが。むしろ、常に社
  会との関わりを要求され、絶対的なるものにすら妥協を求める、極めて大乗
  仏教を受け入れ易い土壌が、日本にはあると思うのだが、如何だろう?農耕
  民族ゆえだろうかとふっと思う。もしかすると、顕○会などの人々は、肉食
  狩猟民族か砂漠の民の末裔で、本来は一神教に行くべきところを、日本にお
  いて探しても見つからず、やむなく絶対的信仰対象を持つ日蓮清酒もとい正
  宗に来たのかも知れない。そして、滾る心で日々を生き、萌えるもとい燃え
  上がる情念を静める為、肉体言語による布教に勤しんでるのかもしれない。
  どうだろう、敬虔さや純粋さというものが、もし数量化可能なものであった
  らカットアンドペースなんぞに励む学会員よりはるかに高い数値を彼らが叩
  き出すであろう事は疑いなく、より強信の者として見えてこないだろうか。
  こういう洒落しか頭に浮かばぬふざけた吾人は、絶対、信用されない『Cラ
  ンク』の厭離穢土した信仰者である。

○  これは、吾人からの提案なのだが、てくてく氏とかが、『雑談板_カテゴ
  リ内Chat』等のスレッドを作成して、創価の人々の発散場所を作って上
  げてはどうだろうか?どうも、面白くもない一行レスが誘引となって、各ス
  レッドが、所謂、嵐君なんぞを呼び込んだり、話しが散漫になるのが残念な
  のだ。 性格としては、創価・公明の名を冠さない馴合いChatスレッド、
  一度、ご検討願えんもんだろうか。 やはり、若人の情熱を揶揄する吾人は、
  敬虔な信仰者には、本来、向いてないのかもしれない。

---------- 終了