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【夜葬】 病の章 -68-

公開日: : 最終更新日:2018/04/03 ショート連載, 夜葬 病の章

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――五月女? 聞き覚えがないな。

 

 

玄関に向かいながら鉄二は、記憶の中に五月女の名を探した。

 

 

あの窪田でさえ村からいなくなった今、よほどの変わり者でもない限り居座っていることに意味などない。

 

 

「おい、貴様」

 

 

不意に背後から呼ぶ声がした。

 

 

敬介の声だ。

 

 

「でるな」

 

 

無言で振り返った鉄二を睨みつけるようにし、短く鉄二の行動を制そうとしている。

 

 

鉄二は言葉を発さずに数秒間、敬介を見つめた。

 

 

敬介もまた鉄二から目を逸らさずに、もう一度、念を押すようにして「でるな」という。

 

 

――こいつにとって、なにか都合の悪いことでもあるのか。

 

 

敬介にとって都合に悪いこと。

 

 

つまりは“敬介の中身”にとって都合が悪いことだ。

 

 

それはどれをどう考えたところで、鉄二にとっては悪くないことでないように思えた。

 

 

敷居を板戸が悲鳴を上げて滑るのと、敬介のやめろという声が重なる。

 

 

開け放った戸の向こうには、ふたつの顔が並んでいた。

 

 

一瞬、ぎょっとした鉄二だったが、並んだふたつの顔はなんのことはない。男が女を背におぶり、だらりと肩に持たれた女の顔と男が並んでいるように見えただけだった。

 

 

「やあ、黒川さん。ご無沙汰しています」

 

 

「あ、ああ……どうも」

 

 

鉄二は五月女の顔に見覚えはなかったが、五月女の反応を見るにどうやら初対面ではないらしい。一方的に五月女のほうだけが鉄二を覚えている、という様子だった。

 

 

さすがにそれを言い出せない鉄二は曖昧な態度で言葉を返した。

 

 

「いやあ、まいりました。舟知さんや村の役員の方々に、この村に病院を設立するために奔走していたのですが、この通りでして」

 

 

「この通り? どうかしたんですか」

 

 

「ああ、わかりませんか? いやあ、お恥ずかしい。毎日、役員の方と前向きな議論を交わしたり、病院の必要性を説得したり。帰るのはいつも暗くなってからになっていましたし、病床の妻には悪いとは思っていたんです。ですが、それも病院さえできてしまえばそれも解決……回復といったほうが正しいでしょうか。とにかく、彼女は元気になると信じていたのです。いやあ、本当にお恥ずかしい」

 

 

「話が見えないな。なにが言いたいんだ」

 

 

「だから!」

 

 

脈絡のない話をくどくどとするだけで本題に入らない五月女に、鉄二がしびれを切らすと、突然五月女は大声で怒鳴った。

 

 

「家に帰ったら妻が死んでいたんだよ! ほらあ!」

 

 

目を見開き、充血しきった瞳で五月女は鉄二を睨みつけた。

 

 

よく見れば頬はこけ、髪の毛はぼさぼさで、かけていた眼鏡は細かなひびが入っている。真っ赤な目は、寝不足や体調の悪さからではなく泣きはらしたものだと鉄二は気が付いた。

 

 

「死んだ? 死んでいるのか、その女」

 

 

「女? 乱暴な言い方をするな!」

 

 

鉄二のひとことがよほど癇に障ったのか、五月女は発狂したように叫んだ。

 

 

この反応を見てようやく五月女が普通の精神状態でないとわかった。

 

 

「そうか。そいつは気の毒だな……。だがなぜ俺のところに来た。あんたの話を聞く限りじゃあ、病院に連れて行くことのほうが先決じゃないのか」

 

 

あえて鉄二は【死】を象徴するような言葉を使わず、あくまで五月女が背負っている女が生きているように話した。

 

 

なにが琴線に触れるかわからないだけに、不用意な言葉を避けたのだ。

 

 

「ああ……そうなんです。おっしゃるとおり、病院に行きたいのはやまやまですが今から彼女を背負って山を下りるのは難しい。それでですね、色々と最善策を考えたわけなのですが」

 

 

そう言って五月女は赤い瞳をぎょろりと転がし、鉄二を見つめて口元を歪めた。

 

 

「妻を生き返らせていただこうかと」

 

 

「……なんだと?」

 

 

言っている意味が見えず、鉄二が疑問を投げると五月女はさらにくしゃりと顔を歪めて笑う。

 

 

「ですから、黒川さんに妻を生き返らせる術をご指導ご鞭撻いただこうかと思いまして」

 

 

「馬鹿な。そんなこと俺にできるわけがないだろう。俺をなんだと思っている」

 

 

「厭だなぁ。わかっていますよそんなこと。黒川さんに生き返らせてもらおうというわけではないのですよ。要は、その方法を教えていただきたいだけなのです」

 

 

五月女はそこまで言って一旦話を区切ると、深呼吸をして一息に吐き出した。

 

 

「【夜葬】のやり方をね」

 

 

「夜葬、だと? あんたわかっているのか? あれは蘇生の儀式じゃない。この村の葬送儀式だ」

 

 

「いやあ、聞くところによると“きちんと手順を踏まないことで死体が起き上がる”そうじゃないですか」

 

 

「……っ! あんた、もしかして【どんぶりさん】のことをいっているのか」

 

 

「ああ、そうですそうです。【どんぶりさん】でしたね。どうも死者を弔う儀式とその調子はずれの名称が不釣り合いで、なかなか覚えられないんです。脈絡がないとどうも……」

 

 

そう言いながら五月女は背中の女を揺り上げ、青白く生気のない顔を愛おしそうに見つめた。

 

 

五月女の妻を見つめるその優しく愛のある眼差しには、純粋だからこその狂気が孕んでいる。鉄二は、これと同じ目を何度も見た。

 

 

うしろを振り返ると、敬介はすやすやと眠っている。おそらく狸寝入りだ。

 

 

――くそ。今回はあいつの言うことを聞くべきだったか。

 

 

「なに、黒川さんにお手を煩わせはしません。やり方だけ教えていただければ、わたしが自分でやりますので」

 

 

五月女はそのように言うが、その言葉をやすやすと受け入れるわけにはいかなかった。なにしろ、この女はすでに死んでいる。死んでいるのに、体も焼かれていないとなると――。

 

 

「心中察します。夜葬はひとりでできるものじゃない。よければ俺も手伝うよ」

 

 

鉄二の申し出に五月女は手を叩いて喜んだ。

 

 

 

鉄二にはこう言うしか他に術がなかった。なぜなら、このまま放って置けば、この女は間違いなく【地蔵還り】になってしまうからだ。

 

 

そうなる前に、焼くか……それができなければ、【どんぶりさん】として夜葬を行う他ない。鉄二の心臓が静かに高鳴った。

 

 

 

 

 

-69-へつづく

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