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大内裏

2017-03-19 | 『新世界史頻出年代暗記』


天の代理は丁度感。
  (天皇の住居・内裏)(朝堂院(ちょうどういん)・官人が政務)

[ポイント]

1.宮城すなわち大内裏は、天皇の住居である内裏官人が政務を行なう朝堂院などからなる。

[解説]

1.大内裏(だいだいり)とは、宮城(きゅうじょう)全体のこと。大内裏=(朝堂院+内裏+諸官庁)。内裏(皇居)を中心として、その周辺に諸官庁を配した一角をいう。

2.朝堂院(八省院(はつしよういん)ともいう)は大内裏の中で、官人たちが政務をおこなう政庁で最も重要な場所。その朝堂院の大極殿(だいごくでん)が、国家的な儀式に用いられる正殿だった。


3.内裏は、天皇の私的な生活を営む場所。皇居、御所ともいう。


4.1177年(治承1)年の京都大火で大極殿が焼失、その後は再建されず、代わって内裏の紫宸殿(ししんでん)が正殿として代用されるようになった。


〈2015関西大・全学部

平安京の中央北端は平安宮(大内裏)という宮域である宮域内の南中央を占めるのは正庁の( 2 )で、南面に設けられた応天門の炎上をめぐる事件が9世紀後半に起こり、その炎上の様子は『( 3 )』に描かれる。宮域には( 2 )のほか、天皇の居所である内裏や諸官庁があり、また平安宮外の南には神泉苑という広大な禁苑があった。(中略)内裏の正殿は中央やや南に位置する( 5 )で、正面の南庭とあわせて公式の儀式・行事の場となった。」(2朝堂院、3伴大納言絵巻、5紫宸殿、問題には選択肢が30語あり)〉

〈2013大阪大・前期:「(I)平城京は、およそ10万人が住む政治都市であったといわれる。平城京はどのように区画され、いかなる施設が配置されていたのか、その概要を述べなさ
い(200字程度)。」〉
〔解答例〕
平城京は、碁盤の目状に東西・南北に走る道路で区画される条坊制を持つ都市であった。中央を南北に走る朱雀大路で東の左京と西の右京とに分けられ、左京の張り出し部に外京もあった。中央北の平城宮には、天皇が生活する内裏、政務・儀礼を行う大極殿・朝堂院、二官・八省などの官庁がおかれた。京域内には貴族・官人や庶民の住宅、官営の東市・西市が置かれた。薬師寺・興福寺などの大寺院も建立され,鎮護国家の法会を行った。(203字)〉


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