【現代語訳】1

たいそう気味悪くて半分程お入りになったところで引き止められて、ひどく恨めしく情けないので、
「隔てなくとは、このようなことを言うのでしょうか。変ななさりようですね」と非難なさる様子が、ますます魅力的なので、
「隔てない心を全然お分かりでないので、お教え申し上げましょうということですよ。変なことだというのも、どのようなふうにお考えなのでしょうか。仏の御前で誓いも立てましょう。情けない、恐がらないで下さい。お気持ちを損ねまいと初めから思っておりますので、他の人はこのようには考えもしないでしょうが、世間の人と違った馬鹿正直者で通しておりますからね」と言って、奥ゆかしいほどの火影で、御髪がこぼれかかっているのを、掻きやりながら御覧になると、姫君のご様子は申し分なくつやつやと美しい。

「このように心細くひどいお住まいで、好色の男には邪魔なものないのだから、自分以外に訪ねて来る人もあったら、そのままにしておくだろうか。どんなに残念なことだろうか」と、今までの優柔不断さまで危なかったという気がなさるが、言いようもなくつらいと思ってお泣きになるご様子が、たいそうおいたわしいので、

「このようにではなく、自然と心がとけてこられる時もきっとあるだろう」と思い続ける。
 無理強いしているようなのも気の毒なので、体裁よくおなだめ申し上げなさる。
「このようなお気持ちとは思いよらず、不思議なほど親しくさせて頂いたのに、不吉な喪服の色など見ておしまいになられる思いやりの浅さに、また自分自身の言いようのなさも思い知らされるので、あれこれと気の慰めようもありません」と恨んで、何の用意もなく質素な喪服でいらっしゃる墨染の火影を、とても体裁悪くつらいと困惑していらっしゃる。

 

《大君が奥に入ろうとしたのが、かえって薫の気持ちを高ぶらせたのでしょうか、急に薫が部屋に入り込んできて、引き下がろうとする大君をとらえて引き止めたのでした。

 こういう、奥に入ろうとする女性を男が捉えて引き止めようとするという場面は、この物語ではこれまで二度ありました(源氏と藤壺の賢木の巻第三章第一段と、夕霧と女二宮の夕霧の巻第一章第五段)が、その時の女性の振る舞いがいずれも周章狼狽といった様子だったのに比べて、この大君の態度は、「ひどく恨めしく情けない」というわりに、その言葉はずいぶん穏やかなものに思われます。そしてその様子は、薫が「非難なさる様子が、ますます魅力的」に思うようで、たとえば夕霧の時の女宮が「びっしょりに汗を流して震えていらっしゃ」ったのとは、大変な違いです。

そのあとも先の二景とは全く違って、交わされた言葉も戯言のようなやり取りですし、しかも「お気持ちを損ねまいと初めから思っております」と言って、「御髪がこぼれかかっているのを、掻きやりながら(顔を)御覧になる」ということになってくると、なにやらほとんど本来の濡れ場の形のような美しい姿と言ってもよく、大君は、間違いなく薫に好意を持っているようです。

 薫はそういう大君の姿を間近に見ながら、ここに一人は置いておけないと思いながら、泣いている彼女が「たいそうおいたわしい」と思うようになって、「体裁よくおなだめ申し上げなさる」のでした。 

薫が自分を抑えたというところには、彼の幼い時からのコンプレックスが働いているというのは、認めなくてはならないでしょう。彼の中には、彼が行動しようとすると絶えずその袖を引っ張るものがあって、人の気持ちを無視して強引に一線を越えるような振る舞いはできないのです。

一方、大君が薫の振る舞いに応じないで泣いたというのは、ちょっと複雑なものがあるように思われます。『評釈』は「自分の権威を認められなかったから」だと言いますが、それ以前に、なぜ彼女が薫の求婚を拒否しなくてはならないか、ということがあります。そのことについては、もう少し後(第七段)で考えてみることにします。》

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